木曜日の都市伝説
# 木曜日の都市伝説
午後の三時を過ぎたころ、男性が二人入ってきた。
三十代くらいで、どちらもカジュアルな服装だった。テーブルに向かい合って座って、ブレンドを二つ頼んだ。
「タコが夢を見るって、知ってた?」と一方が言った。
「知らない」ともう一方が言った。
「この間、動画で見て」
私はコーヒーを持っていって、カウンターに戻った。
「夢を見てるってどうやってわかるの」
「眠ってるタコが、皮膚の色をどんどん変えるんだよ。白くなったり、模様が出たり、ぱっと変わったり」
「夢を見てるから?」
「タコは皮膚で色を変えるでしょ。眠ってるのに色が変わってるということは、何かに反応してる、ということで」
「夢の中で、狩りでもしてたのかな」
「かもしれない。岩場を移動してるのかもしれないし」
「本当に夢なのかはわからないけど」
「わからない。でも眠ってるのに皮膚が動いてる、という映像は本当にあって。研究者が記録した」
「それは少し信じたくなる」
「信じたくなるでしょ」
私はグラスを拭きながら聞いていた。
「赤いユニフォームのチームが勝ちやすい、というのも本当らしい」と続けた。
「それは聞いたことあるなぁ。でもなんで?」
「オリンピックの格闘技の試合を分析した研究で、赤か青かを割り当てられる競技があって。赤を割り当てられた選手の方が、勝率が高かった」
「実力が同じでも?」
「実力が拮抗してる試合ほど、差が出やすかった、らしい」
「なんで赤が有利なの」
「審判の判定に影響するという説と、赤を着ることで選手自身のテンションが上がるという説がある。どちらが主な原因かはわかってないけど」
「審判が赤に甘くなるのか」
「無意識にそうなってる可能性もある。故意じゃないけど、影響している」
「それは困る話だね」と後から来た方が言った。
「困る。でも興味深い。ユニフォームの色で、少し有利になるとか」
「青が嫌だな」
「でも知らないから、公平に戦えてる、という面もある」
「そうか。知ってたら気になるか」
「気になる。赤だとテンションが上がるかもしれないし、青だと不安になるかもしれない」
「知らない方が強い、ということがある」
しばらくして、「お腹が空くと判断力が落ちる、というのも証明されてる」と一方が言った。
「それはなんとなく本当な気がするけど。確かめようがあるのか」
「裁判官が仮釈放を認めるかどうかを分析したデータがあって。食事の直後は許可率が六割を超えてたのに、食事から時間が経つほど下がって、次の食事の直前には二割以下になった、という」
「それは怖い」
「怖い。空腹の裁判官に裁かれると、厳しい判決が出やすい」
「裁判の日は絶対朝ごはんを食べてきて欲しい」
「弁護士はそれを知ってて、公判の時間を調整したりするんだろうか」
「それを考えるとぞっとする」
私は何も言わなかった。
「もう一個面白いのがあって」と一方が言った。「ガムを噛むと集中力が上がる」
「それ本当なの。聞いたことあるけど」
「複数の研究で、ガムを噛みながらの方が記憶の成績がよかった、という結果が出ていて」
「なんで」
「顎を動かすことで脳への血流が増えるという説と、口が動いていると余計なことを考えにくくなるという説がある」
「試験中にガムを噛んでいいところがあれば」
「有利かもしれない。でも噛む音が出るから、周りには迷惑かもしれない」
「それで損をしたら本末転倒」
「本末転倒」と一方が繰り返した。「頭はよくなってるのに、試験会場から出されたりして」
二人が笑った。
帰り際に、「タコが夢を見てるのが、なんか一番信じたくなった」と一方が言った。
「同じく」ともう一方が言った。
「なんでかな」
「かわいいからじゃないか」
「かわいいから信じたくなる」
「そういうのが都市伝説になりやすいのかもしれない」と言って、二人は出ていった。
信じたいものを信じる。かわいいから信じる。それが科学的根拠と同じくらい、大事なことがある。コーヒーをおいしいと思うのも、根拠があるのかどうかわからない。でも、おいしいと思う。それだけで十分な気がする。




