日曜日のブレンド
お待たせしました。雨宮ブレンドを思い出す回です。もはや誰も覚えて無さそう……
# 日曜日のブレンド
健太が来たのは、十時ごろだった。
「おはよう」と言いながらエプロンをつけた。カウンターを一通り見回して、「今日は静かですね」と言った。
「まだ早い」
「そうですね」
健太はコーヒーカップを並べながら、少し考えているような顔をした。
「マスター、雨宮ブレンドって、あまり頼む人がいないですよね」
「そうかもしれない」
「あんまり注文、聞かないなと思って」
「そうかもしれないですね」
「もったいなくないですか」
「もったいない」
「うちのオリジナルなんだから、もっとアピールしてもいいんじゃないかなと思って」
私はコーヒーを準備しながら、考えた。アピール、というのが、あまり得意ではない。
「お客さんが頼みたければ頼む」
「でも、メニューに書いてあっても、どんな味かわからないと頼みにくいじゃないですか」
「そうですね」
「説明してみたらどうですか。こんな味ですよ、って」
「うまく説明できるかどうか」
「マスターが説明できないものを、お客さんはどうやって選ぶんですか」
それはそうかもしれなかった。何も言わなかった。
「今日、誰かに勧めてみてもいいですか」と健太が言った。
「どうぞ」
「マスターはしないんですか」
「見てます」
「見ててどうするんですか」
「参考にします」
健太が「そんなのありますか」と言いながら、カウンターを拭いた。
十一時過ぎに、女性が一人来た。三十代くらいで、本を一冊持っていた。窓際の席に座って、メニューを広げた。
健太がさっと寄っていった。
「いらっしゃいませ。今日はコーヒーですか、紅茶ですか」
「コーヒーで」と女性が言った。
「うちのオリジナルブレンドはいかがでしょうか」と健太が言った。「雨宮ブレンドというのがあるんですが」
「どんな味ですか」と女性が聞いた。
健太がこちらを一度見た。
「マスター、どんな味ですか」
私は少し考えた。
「深めに焙煎しています。苦みがありますが、後味に甘みが残る感じで」
「すっきりしてますか」と女性が聞いた。
「後味はすっきりしています。重くはないと思います」
「じゃあ、それにします」
健太が「ありがとうございます」と言って戻ってきた。「マスターも説明できるじゃないですか」と小声で言った。
「あなたが振ったからです」
「あ、そうか」
コーヒーを出しに行った。女性は本を開いていた。受け取って、一口飲んだ。本を持ったまま少し考えるような顔をした。
健太がそわそわしているのがわかった。
しばらくして、女性が「おいしいですね」と言った。
「ありがとうございます」
「苦みがちゃんとあるのに、重くない」
「そうですね」
「何の豆ですか」と聞いた。
「ブレンドなので、何種類か合わせています」
「いい配合ですね」と女性が言って、また本に目を落とした。
健太が戻ってきて、「どうでしたか」と小声で聞いた。
「よかったみたいです」
「マスター、もっと早くアピールすべきでしたよ」
「そうかもしれないですね」
「今日からアピールしましょう」
「あなたがどうぞ」
「え、マスターはしないんですか」
「見てます」
「また見てるんですか」
昼過ぎに、男性が二人来た。四十代くらいの友人同士らしかった。カウンターに座って、「ブレンドふたつ」と言った。
健太が「うちのオリジナルブレンドもありますが、いかがですか」と声をかけた。
「どんな味ですか」
「苦みがあって、後味に甘みが残ります。重くない感じで」
「じゃあ、一つそれにします」と一方が言った。
「じゃあ、私も」ともう一方が言った。
二人とも雨宮ブレンドになった。
健太がコーヒーを出しに行くのを見ていた。
男性たちはコーヒーを飲みながら話した。仕事の話らしかった。コーヒーについて何も言わなかったが、途中でもう一人が「これ、うまいですね、何ですか」と健太に聞いた。
「雨宮ブレンドというオリジナルです」
「そうか。また頼もう」と男性が言った。
夕方、健太が帰り支度をしながら「雨宮ブレンド、今日三人に飲んでもらえました」と言った。
「そうですね」
「いい感じじゃないですか」
「そうかもしれないですね」
「次からも勧めていいですか」
「どうぞ」
「マスターも一回飲んでみてください。自分のブレンドでしょう」
「毎日飲んでいます」
「毎日飲んでるのに、お客さんに勧めてなかったんですか」
「そういえばそうですね」
健太が「本当に」と言って、苦笑した。「また来週」と言って出ていった。
前に皆で作ったレシピだ。そのあと少し調整したが、大きくは買えていない。飲んでほしいと思っていたわけでも、思っていないわけでもなく、ただそこにあった。健太のおかげで、また誰かに飲んでもらえた。それでよかった気がする。
明日もお休みします。




