金曜日のエビデンス
# 金曜日のエビデンス
昼過ぎに笹木さんが来た。
詩集を持っていた。カウンターに座って、「ブレンドを」と言った。本を開いて、少しして、また閉じた。
「読む気分じゃないのかもしれない」と笹木さんが言った。独り言のように言った。
「そうですか」
「頭が文字を読む状態じゃないとき、あるのよ。本を開いても全然入ってこなくて」
「今日はそういう日ですか」
「そういう日みたい。でも来てしまった」
「来てくれてよかったです」
笹木さんが少し笑った。「お世辞が上手ね」
「お世辞じゃないですよ」
「そう」と笹木さんが言った。「じゃあ、ありがとう」
コーヒーを出すと、笹木さんはカップを両手で持って、静かに飲んだ。
ドアベルが鳴って、女性が二人入ってきた。三十代くらい、友人同士らしかった。テーブルに座って、ブレンドを二つ頼んだ。
「吊り橋効果って、本当にあるのかな」と一方が言った。
「あるんじゃないの」ともう一方が言った。
「本当にあるのか気になって、調べてみたんだけど」
「どうだった」
「なんか微妙で」
カウンターで笹木さんの手が止まった気がした。私はコーヒーを出しに行って、カウンターに戻った。
「実験があるのよね、最初は」と調べた方が続けた。「男性が揺れる橋を渡ったあと、女性に話しかける確率が高い、という実験」
「それが吊り橋効果の元ね」
「でも、それをやり直してみたら、同じ結果にならなかった、という研究がいくつかあって」
「再現されなかった」
「された場合もあるし、されない場合もある、という感じで。条件によって違うらしい」
「条件とは」
「緊張の種類とか、相手との関係性とか。全く知らない人だと効果が薄い、という話もあって」
「全く知らない人だと薄い」
「そう。もともと好意がある人となら効果がある、でも知らない人だと微妙、みたいな感じで」
「じゃあ、吊り橋効果を狙って初対面の人と行っても、たいして意味がない?」
「意味がないこともある、というか」と調べた方が言った。「あったとしても一時的なもので、長続きしないという研究もあって」
「一時的なもの」
「興奮が収まったら、もとに戻る」
「それは切ないな」
「切ないね」
笹木さんがコーヒーを飲んでいた。聞こえているのかいないのか、わからなかった。
「モーツァルトを聴くと頭がよくなる、というのも同じで」と調べた方が続けた。
「それも怪しかった?」
「一九九三年に、モーツァルトを聴いたあとの空間認識テストの成績が上がった、という実験があって。それが一人歩きして、赤ちゃんに聴かせると頭がよくなる、みたいになって」
「でも」
「でも、あとで別の研究者が試したら、再現できなかったということが多くて。しかも元の実験は、大学生が九分間聴いた直後の、ある種のテストで成績が上がった、という話で」
「赤ちゃんの話でも、長期的に頭がよくなる話でもなかった」
「全然違う話になってたのね」
「なってた。でも、リラックスした状態でテストを受けると成績が上がる、ということは本当らしい」
「じゃあ完全に嘘でもない」
「完全に嘘でもないけど、赤ちゃんに聴かせると天才になる、というのは言いすぎね」
「うまいこと広まったのね」と一方が言った。「私も赤ちゃんのころ、親に聴かせてもらってたかも」
「聴かせてもらってたの?」
「たぶん。でも頭よくなってないから、効果はなかったのかもしれない」
「いや、聴かせてなかったらもっと悪かったのかもしれない」
「それは確認できない」
「確認できない」
二人して笑った。
笹木さんがカップをカウンターに置いた。「一日八杯水を飲むといい、というのも根拠があやふやなのよ」と言った。
二人がこちらを見た。笹木さんはカウンターの方を向いていた。
「聞こえてましたか」と一方が言った。
「少し」と笹木さんが言った。「続けてください、気にせずに」
「水の話、知ってるんですか」と調べた方が聞いた。
「本で読んだことがあって。一日八杯というのは一九四五年ごろのアメリカの指針から来てるらしいんだけど、その指針には食べ物に含まれる水分も含めていい、という注意書きがあったのに、注意書きだけ忘れられた、という話で」
「注意書きだけ忘れられた」
「そう。ちゃんと読めば食事で取れる分も含むから、純粋な飲み水として八杯じゃなくていい、と書いてあったのに」
「大事なことが省かれた」
「よくある話ね」と笹木さんが言った。「本も同じで、引用するとき都合のいいところだけ残って、前後が落ちることがある」
「書いた人は何も言わないんですか」と一方が言った。
「もう亡くなってることもあるし、抗議しても広まった話の方が速いから」
「広まったものは、訂正よりも速く走る」
「そういうこと」
笹木さんが会計をした。立ち上がりながら、「信じたいものを信じる、で長く生きてきたから、今さら全部疑う気力はないけれど」と言った。
「そうですか」と私は言った。
「でも、たまに調べてみると面白い」と言って、笹木さんは出ていった。
二人もしばらくして帰った。「ためになった」と一方が言った。「ためになったのかどうか、あやふやな話ばかりだったけど」とも言った。
「それが正直なのかもしれないですね」と私は言った。
「そうかも」と言って、二人は笑って出ていった。
エビデンスがあることと、正しいことは、同じじゃないかもしれない。コーヒーが体にいいかどうかも、研究によって結果が変わる。飲みたいから飲む、でいい気がする。わからないけれど。
明日はお休みします。




