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木曜日の都市伝説

# 木曜日の都市伝説


朝の光は、まだ少し角度が低かった。


九時半を過ぎたころ、男性が二人入ってきた。三十代くらいで、どちらもスーツを着ていたが、ネクタイはしていなかった。カウンターに並んで座って、ブレンドを二つ頼んだ。


「それ、本当なのかな」と片方が言った。店に入る前から話していたらしかった。


「本当だと思う」ともう一方が言った。「読んだことある」


「どこで」


「どこだっけ。本で」


「本で読んだから正しいとは限らない」


「それはそうだけど」


コーヒーを出すと、二人は礼を言ってカップを手に取った。


「都市伝説って、信じると損をする気がして」と最初に話していた方が言った。


「信じなくて損するやつもあるよ」ともう一方が言った。「最近読んでてびっくりしたんだけど、金魚の記憶って三秒じゃないらしい」


「聞いたことあるけど、違うの?」


「全然違う。ちゃんと研究した人がいて、金魚が決まった場所でエサをもらうことを学習して、一ヶ月後でも覚えてた、という実験があって」


「一ヶ月」


「ものによっては数ヶ月は覚えてるらしい。三秒どころじゃない」


「じゃあ金魚も、水槽の前で指を差す人のことを覚えてるのか」


「たぶん覚えてる」


「それはちょっと申し訳ない気持ちになる」


「なるね。金魚に謝りたい」


私はグラスを拭きながら聞いていた。


「指を鳴らすと関節炎になる、というのも嘘らしい」と続けた。


「それも聞いたことある」


「嘘だって証明した人がいて、六十年間、片方の手の指だけ鳴らして、もう片方は鳴らさない、という実験を自分でやって」


「六十年間」


「六十年間。そしたら両手とも関節炎にはならなかった、という」


「六十年かけて証明するのか」


「イグノーベル賞を受賞した」


「イグノーベル」


「面白い研究に贈られる賞で。六十年間、ただそれだけのために指を鳴らし続けた人がいる、ということで」


「六十年間ご苦労さまでした、という感じがする」


「本当に」とコーヒーを飲みながら言った。


「蜂蜜は腐らないというのも、本当らしい」と話が続いた。


「本当なの」


「古代エジプトの墓から発掘された蜂蜜が、三千年以上経ってまだ食べられた、という話がある」


「三千年」


「水分が少なくて、酸性が強くて、菌が繁殖できない条件が揃ってるから」


「それは知らなかった」


「でも現代の蜂蜜は加工されてたりするから、条件が違うことがある。ちゃんとした純粋なものじゃないと、というのはあるらしい」


「古代エジプトの蜂蜜を食べた人は、どんな気持ちだったんだろう」


「どんな気持ちだろうな。甘かった、とだけ記録に残ってるんだっけ」


「残ってるの」


「残ってたかどうかはわからない。勝手なイメージで言った」


「そっちが都市伝説じゃないか」


二人して少し笑った。


「嘘をつくと鼻の温度が上がる、という研究があるのは知ってた?」と一方が聞いた。


「知らない」


「ピノキオ効果、というらしい。サーモグラフィーで顔の温度を測ったら、嘘をついているとき鼻の周りの温度が変わった、という研究があって」


「本物のピノキオ」


「ピノキオは伸びるけど、こっちは温度が上がる。見た目じゃわからないけど」


「機械があればわかる、ということ」


「そう。精度がどのくらいかはわからないけど」


「でも、嘘をついたとき体に何かが出る、というのは、なんとなく本当な気がする」


「なんとなく、そんな気はするよね」


「体が正直なのかもしれない」


「顔に出てる人は、いる」


「出てる人はいる」


私は聞いていて、何も言わなかった。


「驚くと白髪になる、というのはどう」と一方が聞いた。


「あれは都市伝説じゃないの」


「一部は本当らしい。マリー・アントワネットが処刑前夜に白髪になった、という話が有名だけど、一夜にしてあれほど変わるというのは難しいとされてる。ただ、強いストレスや恐怖が色素細胞に影響する、という研究はあって」


「どれくらいの期間で」


「数ヶ月、という話が多い。一夜では難しいけど、強いストレスが続くと色が抜けていく、ということはある」


「完全な都市伝説ではない、ということか」


「うまくできた話は、ちょっとだけ本当のことが入ってることがある」


「だから信じてしまう」


「信じてしまう」


二人はコーヒーを飲み終えた。


「昔から都市伝説が好きで」と最初に話していた方が言った。「小学生のころ、授業中に友達に伝わっていくやつとか」


「学校の怪談とかね」


「あれも、元を辿ると体験談から来てることが多いらしい」


「本当のことが少しずつ変わっていく」


「変わっていくうちに、都市伝説になる」


「金魚の記憶が三秒になったのも、そういう感じかな」


「そうかもしれない。誰かが、金魚って記憶が短いよね、と言ったのが、三秒になって広まった」


「三秒というのが、絶妙にリアルで」


「リアルで覚えやすい」


「本当のことより、覚えやすい話の方が残りやすい」


二人は会計をして立った。「また来ます」と言って、出ていった。


都市伝説には、うまくできた話が多い。覚えやすくて、信じやすい。コーヒーについても、さまざまな話がある。一杯目は苦い方がいい、とか、砂糖を入れると台無し、とか。本当のことも、そうでないことも、混じっている。飲んでみるまでわからない。わからないけれど。


古代エジプトの蜂蜜は二回目の登場。好きなエピソードなのです。

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