月曜日の五月病
時期外れですがご容赦ください。
# 月曜日の五月病
五月の月曜は、光の終わり方が変わった。
四月までは夕方になると、光が少しずつ薄くなって、名残惜しいような明るさが続いた。五月に入ってから、光が急に切れるようになった。ある瞬間まで明るくて、気がついたら暗い。そういう切り替わりになった。
笹木さんが来たのは、五時ごろだった。今日は本を持っていなかった。
カウンターに座って、「ブレンドを」と言った。
コーヒーを出すと、「GW、終わりましたね」と言った。
「そうですね」
「五月って、四月より疲れる気がするの」と笹木さんが言った。「四月は緊張してるから動けるんだけど、五月になると緊張が解けて、急に重くなる感じ」
「そういうものですか」
「そういうものよ、きっと。うちの主人も、毎年五月になると機嫌が悪くて」
「そうですか」
「GWが終わった途端に。体がだるい、って言ってる」
「体のせいにしてる」
「そう。理由がわからないから体のせいにしておいた方が、楽なんでしょうね」
「それは、そうかもしれないですね」と私は言った。
「マスターはそういうことないの」と笹木さんが聞いた。「五月病みたいなの」
「さあ」
「さあって」
「気づいてないだけかもしれないし」
笹木さんが「それはそうね」と言った。
笹木さんはコーヒーを飲んだ。
「うちの店も、五月は少し静かになるの」と言った。「お客さんが来ない日がある。四月はあんなに賑やかだったのに」
「そうなんですね」
「長くやってるとわかってくる」
「でもわかっていても」
「静かな日は慣れない」と笹木さんが続けた。「そう、それ」
「慣れないんですね」
「慣れない。わかってても、その日はやっぱり静かなのよ」
「そうですね」
「ここは?」
「似たようなものだと思います」
「五月、静かになる?」
「多少は」
「でも、今日はそこそこ来てる?」
「そこそこ来ていただいてます」
笹木さんがコーヒーを飲んだ。「よかった」と言った。
「新緑が、きれいになってきましたね」と私は言った。
笹木さんが窓の外を見た。商店街の端に、ケヤキの木があった。葉が出そろって、緑が濃くなっていた。
「ほんとね」と笹木さんが言った。「桜の方がきれいって思ってたけど、新緑も悪くない」
「そうですね」
「桜は散るから特別なのかしら。新緑は、ずっとそこにあるから、あまり見ない気がして」
「なくなりそうなものの方が、ちゃんと見る、ということかもしれないですね」
「そういうことね」と笹木さんが言った。「それはちょっと、悲しいわね」
「そうですかね」
「ずっとあるものを、ちゃんと見られたらいいのに」
「難しいですね」
「難しい」と笹木さんが言った。「でも、新緑がきれいだと気づいたから、今日は少しましかな」
笹木さんがコーヒーを飲み終えた。会計をしながら、窓の方を一度見た。
「あの人、来ますよ」と言った。
「どの人ですか」
「月曜に来る、鞄を重そうに置く人。少し声のトーンが軽くなってたから、今日も来ると思って」
「よく見てますね」
「商売だから」と笹木さんが言って、出ていった。
十分ほどして、月曜のサラリーマンが来た。
鞄をカウンターの足元に置いた。その音が、前より少し軽い気がした。
「ブレンドをください」
「どうぞ」
コーヒーを出すと、男性はしばらく黙って飲んでいた。
「GW明けって、なんか変な感じがするんですよね」とやがて言った。
「そうですか」
「休んだのに、戻ってきたら、また同じ場所にいる、みたいな」
「ええ」
「リセットされてると思ってたんですけど、されてないんですよね、場所は」
私は何も言わなかった。
「でも、今年はちょっと違う気がして」と男性が続けた。「場所は同じでも、なんか、見え方が違うというか」
「何が違いますか」と私は聞いた。
男性が少し考えた。「うまく言えないんですけど、前は休みが明けるたびに構えてたんですよ。今は、まあ来たか、くらいな感じで」
「それは変わってるんじゃないですか」
男性がコーヒーを一口飲んだ。
「変わってるのかな、少し」と自分に言うように言った。「でも、何が変わったのかよくわからなくて」
「わからなくていいんじゃないですか」と私は言った。
「そうですかね」
「変わったということは、わかるんでしょう」
「それはわかります」
「十分じゃないですか」
男性がしばらく黙っていた。「そういうものですかね」と言った。
「さあ」と私は言った。「わからないですけど」
男性が少し笑った。「さあってよく言いますね、マスターは」
「よく言われます」
「でも、さあって言ってもらえると、なんか安心するんですよね」
「そうですか」
「わからなくていいんだ、という感じがして」
男性は会計をして帰った。「また来ます」と言った。先週も言っていた。
五月の光は、四月より少し強い。同じカウンター、同じ席、同じコーヒーでも、光が変わると、少し違う場所に見える。同じ場所に戻ってきた人が、少し変わって見えることもある。そういうことかもしれない。わからないけれど。




