表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
76/115

月曜日の五月病

時期外れですがご容赦ください。

# 月曜日の五月病


五月の月曜は、光の終わり方が変わった。

四月までは夕方になると、光が少しずつ薄くなって、名残惜しいような明るさが続いた。五月に入ってから、光が急に切れるようになった。ある瞬間まで明るくて、気がついたら暗い。そういう切り替わりになった。


笹木さんが来たのは、五時ごろだった。今日は本を持っていなかった。

カウンターに座って、「ブレンドを」と言った。

コーヒーを出すと、「GW、終わりましたね」と言った。

「そうですね」

「五月って、四月より疲れる気がするの」と笹木さんが言った。「四月は緊張してるから動けるんだけど、五月になると緊張が解けて、急に重くなる感じ」

「そういうものですか」

「そういうものよ、きっと。うちの主人も、毎年五月になると機嫌が悪くて」

「そうですか」

「GWが終わった途端に。体がだるい、って言ってる」

「体のせいにしてる」

「そう。理由がわからないから体のせいにしておいた方が、楽なんでしょうね」

「それは、そうかもしれないですね」と私は言った。

「マスターはそういうことないの」と笹木さんが聞いた。「五月病みたいなの」

「さあ」

「さあって」

「気づいてないだけかもしれないし」

笹木さんが「それはそうね」と言った。


笹木さんはコーヒーを飲んだ。

「うちの店も、五月は少し静かになるの」と言った。「お客さんが来ない日がある。四月はあんなに賑やかだったのに」

「そうなんですね」

「長くやってるとわかってくる」

「でもわかっていても」

「静かな日は慣れない」と笹木さんが続けた。「そう、それ」

「慣れないんですね」

「慣れない。わかってても、その日はやっぱり静かなのよ」

「そうですね」

「ここは?」

「似たようなものだと思います」

「五月、静かになる?」

「多少は」

「でも、今日はそこそこ来てる?」

「そこそこ来ていただいてます」

笹木さんがコーヒーを飲んだ。「よかった」と言った。


「新緑が、きれいになってきましたね」と私は言った。

笹木さんが窓の外を見た。商店街の端に、ケヤキの木があった。葉が出そろって、緑が濃くなっていた。

「ほんとね」と笹木さんが言った。「桜の方がきれいって思ってたけど、新緑も悪くない」

「そうですね」

「桜は散るから特別なのかしら。新緑は、ずっとそこにあるから、あまり見ない気がして」

「なくなりそうなものの方が、ちゃんと見る、ということかもしれないですね」

「そういうことね」と笹木さんが言った。「それはちょっと、悲しいわね」

「そうですかね」

「ずっとあるものを、ちゃんと見られたらいいのに」

「難しいですね」

「難しい」と笹木さんが言った。「でも、新緑がきれいだと気づいたから、今日は少しましかな」


笹木さんがコーヒーを飲み終えた。会計をしながら、窓の方を一度見た。

「あの人、来ますよ」と言った。

「どの人ですか」

「月曜に来る、鞄を重そうに置く人。少し声のトーンが軽くなってたから、今日も来ると思って」

「よく見てますね」

「商売だから」と笹木さんが言って、出ていった。


十分ほどして、月曜のサラリーマンが来た。

鞄をカウンターの足元に置いた。その音が、前より少し軽い気がした。

「ブレンドをください」

「どうぞ」


コーヒーを出すと、男性はしばらく黙って飲んでいた。

「GW明けって、なんか変な感じがするんですよね」とやがて言った。

「そうですか」

「休んだのに、戻ってきたら、また同じ場所にいる、みたいな」

「ええ」

「リセットされてると思ってたんですけど、されてないんですよね、場所は」

私は何も言わなかった。

「でも、今年はちょっと違う気がして」と男性が続けた。「場所は同じでも、なんか、見え方が違うというか」

「何が違いますか」と私は聞いた。

男性が少し考えた。「うまく言えないんですけど、前は休みが明けるたびに構えてたんですよ。今は、まあ来たか、くらいな感じで」

「それは変わってるんじゃないですか」

男性がコーヒーを一口飲んだ。

「変わってるのかな、少し」と自分に言うように言った。「でも、何が変わったのかよくわからなくて」

「わからなくていいんじゃないですか」と私は言った。

「そうですかね」

「変わったということは、わかるんでしょう」

「それはわかります」

「十分じゃないですか」

男性がしばらく黙っていた。「そういうものですかね」と言った。

「さあ」と私は言った。「わからないですけど」

男性が少し笑った。「さあってよく言いますね、マスターは」

「よく言われます」

「でも、さあって言ってもらえると、なんか安心するんですよね」

「そうですか」

「わからなくていいんだ、という感じがして」


男性は会計をして帰った。「また来ます」と言った。先週も言っていた。


五月の光は、四月より少し強い。同じカウンター、同じ席、同じコーヒーでも、光が変わると、少し違う場所に見える。同じ場所に戻ってきた人が、少し変わって見えることもある。そういうことかもしれない。わからないけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ