月曜日の繰り返し
# 月曜日の繰り返し
七時を回った頃だった。
もうすぐ閉める時間だった。
窓の外は暗くなっていた。商店街の街灯が、窓ガラスの向こうで滲んでいた。
客が一人きた。
木村さんだった。カウンターの端に座って、ブレンドを飲んでいた。
「間に合ったかな」と木村さんが言った。
「もうすぐ閉めるつもりでした」と私が言った。
「そうか」と木村さんが言った。コーヒーを一口飲んだ。「今月も来られた」
「そうですね」
「歳をとると、来月来られるかどうか、あんまり確かじゃなくなる」と木村さんが言った。のんびりと言った。
「そんな年齢でもないでしょう」と私が言った。
「七十を過ぎると、ちゃんと考えるよ」と木村さんが言った。「来月のことを確約しないようにしてる。約束を守れなくなったら、困るから」
「それは、慎重ですね」
「慎重というか」と木村さんが言った。少し考えた。「前の月に来られたことを、ちゃんと数えてる、という感じかな。来られた、という事実を大事にしてる」
私はカウンターを拭いた。
「今日、何かありましたか」と私が言った。
「いつも通りだった」
「いつも通りが続くのは、いいことですよ」
「そうなんだよ」と木村さんが言った。「わかってるんだけど、いつも通りのことは話すことがなくて」
「話さなくていいです」
「でも来ると話したくなる」と木村さんが言った。「不思議なもんで」
私はコーヒーを一杯、自分のために淹れた。今夜最後の一杯のつもりで。
「マスターは」と木村さんが言った。「今週、変わったことはあったか」
「水曜日に若い三人が、攻略の話をしていました」と私が言った。
「攻略」
「クレーンゲームと競馬とカラオケの採点を、どう攻略するか」
「面白いね」と木村さんが言った。少し笑った。「何でも攻略するんだな、最近の若い人は」
「そうみたいです」
「俺たちの頃は、攻略するという発想がなかったかもしれない」と木村さんが言った。「とりあえずやってみて、うまくいかなかったら考えて、また試して。それだけだった」
「今も同じじゃないですか」と私が言った。「順番が違うだけで」
「そうかな」と木村さんが言った。少し考えた。「そうかもしれない。考えてから始めるか、始めてから考えるか、だけかもな」
「結果が同じだったりして」
「同じかもしれない」と木村さんが言った。「でも、考えてから始めた方が、失敗したときに悔しいよな」
「そうですね」
「とりあえず始めた方が、外れても仕方なかった、という気持ちになれる」と木村さんが言った。「そういう意味では、俺たちの時代の方が楽だったかもしれない」
「どちらがいいかは、わかりませんけど」と私が言った。
「わからないよ」と木村さんが言った。当たり前のように。「わかったら、もう歳をとらなくていい」
私は少し笑った。
木村さんがコーヒーを飲み終えた。カップを静かに置いた。
「来月のこともわからないのに、来年が確かなわけないんだけど」と木村さんが言った。少し笑った。「それでも、来年も、と思う。こういうのは、思っておいた方がいいんだろうな」
「そうだと思います」
「店もある」
「そうだといいですね」と私が言った。
木村さんが立ち上がった。会計に来た。
「いつもごちそうさまです」と木村さんが言った。
「ありがとうございます。またどうぞ」
「また、来られたら」と木村さんが言った。
ドアベルが鳴った。
一人になった。
帳簿を出した。月曜の夜は帳簿をつける。
窓の外の街灯が、静かに光っていた。
来られたら、と木村さんは言う。来たときに、来られた、という事実を大事にしている。
次も来てほしい、とは思う。でもそれは私が決めることじゃない。来られたら来る、それだけのことを、木村さんは続けている。
それだけのことを、長く続けている人のことは、信用できる気がした。




