日曜日の点数
# 日曜日の点数
正午を少し過ぎた頃だった。
日曜日は健太がいる。今日は開店前に来て、カウンターを拭いたり仕込みを手伝ったりしていた。
「マスター、今日の午後混みますかね」と健太が言った。
「さあ」と私が言った。
「さあって、予想とかしないんですか」
「あまり」
「なんで」と健太が言った。
「外れるから」と私が言った。
健太がカウンターを拭く手を止めた。「予想が外れるから、予想しないってことですか」
「混むと思って気構えると、来なかったときに取り越し苦労だし。来ないと思ってると、混んだときに追いつかないから」
「どっちみち困るじゃないですか」
「だから、来たら来たで」と私が言った。
健太がしばらく考えた。「それ、人生の格言みたいな感じがします」
「格言ではなく、単なる心構え」と私が言った。
結局、昼は適度に混んだ。
一時過ぎには落ち着いて、カウンターに二人残った。男性二人、三十代くらいで、どちらもカジュアルな服だった。友人同士か、同僚か、そのくらいの距離感だった。
健太がグラスを洗っていた。
「最近どうよ」と一人が言った。
「どうって、何が」ともう一人が言った。
「なんでも」
「なんでもか」ともう一人が言った。コーヒーを飲んだ。「なんでもで言うと、まあまあかな」
「まあまあって何点くらい」
「七十点くらい」
「高くない」と最初の男が言った。
「高くはないけど、低くもない」ともう一人が言った。「七十点で文句を言ってたら、バチが当たる気がする」
「それはそう」と最初の男が言った。「俺は六十五点かな」
「下げてきたな」
「シーズン低め。上半期は五十点台の時もあった」
「それなら回復してるじゃないか」ともう一人が言った。
「そういう言い方をすると、確かに」と最初の男が言った。コーヒーを飲んだ。「お前はずっとまあまあだよな。何年も会うたびにまあまあって言ってる」
「そうかな」
「そう。大学のときからまあまあで、就職してからもまあまあで、今もまあまあで」
「悪くないだろ、それ」ともう一人が言った。
「悪くはない」と最初の男が言った。「羨ましがられることでもない」
「なんで」
「波がないと、物足りなくならないか」
「波がある方が疲れる」ともう一人が言った。あっさりと。「お前、五十点台の上半期、しんどくなかった」
「しんどかった」
「それが嫌だから、まあまあを維持してる」
「維持するの、大変じゃないか」と最初の男が言った。
「大変じゃない」ともう一人が言った。「まあまあでいようとしてるわけじゃないから。気づいたらまあまあだっただけで」
「意識してないのか」
「意識してたら疲れる」
最初の男がコーヒーを飲んだ。少し考えるような顔をした。
「お前、昔から、なんで怒らないんだっていつも思ってた」と最初の男が言った。
「怒るよ、俺も」ともう一人が言った。
「あんまり見たことないけど」
「怒っても仕方ないことが多いから」ともう一人が言った。「仕方のないことに怒ってると、疲れる」
「仕方のないことばかりじゃないだろ」
「そう。仕方のないことじゃないときは怒る。でも、確認してから怒る」
「確認」と最初の男が言った。
「本当に仕方のないことじゃないかどうか、一回考える。そうすると大体、仕方のないことだった、ってなる」と男が言った。「怒るとしたら、確認した後でもまだ怒れるときだけ」
「確認したら怒れなくなる」
「大体なる。そういうもんじゃないか」
最初の男がしばらく黙った。
「それ、すごいな」と最初の男が言った。
「すごくはない」ともう一人が言った。「面倒くさいだけで」
「面倒くさい方を選んでるのか」
「面倒くさい方の方が、後が楽だから」
私はカウンターの端で、豆を少し挽いた。
健太が食器を棚に戻しながら、二人の話を聞いていた。聞いているのがばれていた。
「なんか聞かれてた?」と最初の男が言った。健太の方を見た。
「すみません」と健太が言った。顔が赤くなった。「面白い話だったので」
「いいよ」ともう一人が言った。「きみは、どっちタイプ」
「えっ」と健太が言った。急に振られて戸惑った。「えっと、六十点くらいです、今」
「そうじゃなくて波ある方か」と最初の男が言った。
「割と」と健太が言った。「浮き沈みが激しくて」
「若いとそうだよ」ともう一人が言った。
「まあまあになれますかね、いつか」と健太が言った。
「なれるかどうかはわからない」ともう一人が言った。「でも、まあまあを目指すのは違う気がする」
「目指さない方がいいってことですか」
「なりたくてなるものじゃないから」
健太がそれを考えるような顔をした。
「マスターは何点ですか」と健太が私の方を見て言った。
私はコーヒーをカップに注いだ。
「さあ」と私が言った。
「また、さあって言った」と健太が言った。
最初の男が笑った。
「答えを持ってないわけじゃないと思うんですけど」と健太が言った。「マスターのことだから」
「持ってないこともある」と私が言った。
健太が「うーん」と言った。釈然としない顔をした。
「何点かつけない方がいいんですよ、たぶん」ともう一人が言った。健太に向かって言った。
「まあまあの人が言うと、重みがありますね」と健太が言った。
二人が笑った。
二人がコーヒーを飲み終えて、会計に来た。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
ドアベルが鳴った。
健太が二人のいたカウンターを拭いた。
「まあまあは難しいですね」と健太が言った。
「そうですか」
「目指さないのに、なれるかどうかわからない、って言われても」と健太が言った。「じゃあどうすればいいんですかね」
「どうすればいいんでしょうね」と私が言った。
健太がまた「うーん」と言った。
日曜日の午後の光が、店の中に差し込んでいた。
まあまあ、という言葉は、つかみどころがない。良くも悪くもない、というのは、どういう状態なのか。七十点でも六十五点でもなく、点数をつけていない状態、というのに近いのかもしれない。
川崎さんは、何点くらいだったのだろう。
聞いたことがなかった。
聞けばよかったとは、あまり思わない。聞かずにそばにいたことが、たぶんこの店には似合っていた。
わからないけれど。




