水曜日の攻略
儲けようとか思わない方がよいという話。クレーンゲームはやる気にならないですね。
# 水曜日の攻略
二時を過ぎた頃だった。
水曜日の午後は、週の真ん中の静けさがある。
窓から入る光が、テーブルの上で柔らかく広がっていた。春らしい、穏やかな午後だった。
客が一組いた。二十代くらいの男性が三人、奥のテーブルに座っていた。どこかに寄り道してきた帰り、という雰囲気だった。
コーヒーを三つ出した。
「結局取れなかったな」と一人が言った。
「惜しかったけど」ともう一人が言った。
「惜しくなかったよ」と三人目が言った。「全然動いてなかった」
「少し動いてた」
「一ミリも動いてなかった」
私はカウンターの奥でグラスを磨きながら、聞いていた。
「クレーンゲームって、コツがあるんだよ」と最初の男が言った。
「あるの」ともう一人が言った。
「まず台を選ぶところから始まってて」と最初の男が言った。「アームの力が強い台と弱い台がある」
「どうやって見分けるの」
「景品の置き方を見る。景品がアームで掴みやすい位置に置いてある台は、アームが弱い場合が多い。逆に景品がどう考えても取れない置き方をしてる台は、アームが強めに設定されてることがある」
「取れない置き方の方がアームが強いのか」と三人目が言った。
「難しい置き方でも取られすぎないように、バランスを取ってるんだと思う」
「店側がそこまで考えてるのか」
「考えてる。クレーンゲームは設定があって、何回に一回取れるか、みたいな確率を調整できるようになってる台もある」
「パチンコみたいに」ともう一人が言った。
「似たようなもので。だから取れそうで取れないのは、設定がそうなってる場合がある」
三人がコーヒーを飲んだ。
「取るためのコツは」と三人目が言った。
「景品を直接狙わない、というのが基本で」と最初の男が言った。「アームで景品を持ち上げようとすると、たいてい滑る。それより、景品の端を引っかけて、少しずつ落としたい方向にずらしていく」
「少しずつずらす」
「一回で取ろうとしない。五回、十回かけて、景品を少しずつ落とし口の方に近づけていく。そのためには、一回ごとにどこを狙えば景品がどう動くかを考える」
「そんなに計算するの」ともう一人が言った。
「計算というより、観察で」と最初の男が言った。「最初の一回でわざと外して、景品がどう動くかを確認する人もいる」
「わざと外すのか」
「当てたときの動き方がわかれば、次からの狙いが定まるから」
「それで今日は取れなかったの」と三人目が言った。
「今日は台が悪かった」と最初の男が言った。少し間があった。「設定が渋かった」
「コツじゃなくて台のせいか」
「台のせいも、ある」
二人が笑った。
私はカウンターを拭いた。
「攻略といえば」ともう一人が言った。「競馬って、裏技みたいなのあるの」
「競馬」と最初の男が言った。「あるよ」
「知ってるの」
「少し。競馬で一番基本的な裏技は、人気馬を軸にしない、というやつで」
「人気馬を買わないの」と三人目が言った。
「軸にしない、ということで。一番人気の馬は、みんなが買うから、当たったときのオッズが低い。百円賭けて百二十円しか返ってこない、みたいなことがある」
「儲からないのか」
「儲けにくい。競馬は控除率が引かれてるから、期待値が最初からマイナスになってる。その中で少しでもプラスに近づけるには、オッズが高い馬を当てる必要がある」
「でも人気のない馬は、当たりにくいから人気がないんじゃないの」ともう一人が言った。
「そう。だから完全に穴馬を狙うんじゃなくて、三番人気から六番人気くらいの中穴を狙う、というのが一つの考え方で」
「中穴」
「人気はないけど、実力がある馬、というのが中穴にいることがある。過去のレースの成績や、騎手の乗り替わり、距離との相性を見て選ぶ」
「そこまで調べるの」と三人目が言った。
「調べる人は調べる。競馬新聞を隅から隅まで読んで、予想する人が本当にいて」
「競馬新聞、読み方がわからない」ともう一人が言った。
「最初は難しく見えるけど、慣れると面白くて」と最初の男が言った。「馬の血統とか、前走のタイムとか、馬場の状態との相性とか、情報が全部詰まってる」
「馬場の状態」
「芝が良い状態か、雨で重くなってるか、で得意な馬が変わる。重い馬場が得意な馬、というのがいて、雨の日に穴を開けることがある」
「天気まで関係するのか」と三人目が言った。
「関係する。だから雨の日のレースは、予想が難しい分、穴が出やすい、という話もある」
三人がコーヒーを飲んだ。
窓の外を、傘を持った女性が通り過ぎた。今日は雨の予報だったかもしれない。
「でも結局、当たらないんでしょ」ともう一人が言った。
「当たらないことの方が多い」と最初の男が言った。あっさりと。「競馬は当てるより、楽しむものだと思ってる」
「コツを全部話しておいて」
「コツは知っておいた方が楽しいから」と最初の男が言った。「知らないで買うより、考えて買った方が、外れても面白い」
「外れても面白いのか」と三人目が言った。
「自分の予想が外れた理由を考えるのが、また面白くて」
「負けても楽しめるのか」ともう一人が言った。
「そういう人が、長く競馬を続けられる」と最初の男が言った。
しばらく間があった。
「カラオケの採点って、攻略できるの」と三人目が言った。急に言った。
「できる」と最初の男が言った。
「何でも知ってるな」
「採点システムって、何を見てるかというと、順に音程、安定性、リズム、表現力、ビブラートとロングトーン、あとテクニック、という項目が多くて」
「音程が一番大事なの」と三人目が言った。
「音程は基本で。でも音程だけ合ってても、高得点は出ない。安定性というのは、音がぶれずに安定して出てるかどうかで、これが意外と点数に影響する」
「安定して出す」
「語尾をしっかり伸ばす、というのが安定性を上げるコツで。語尾をすっと切ってしまうと、安定性が下がる」
「語尾か」ともう一人が言った。「確かに、なんとなく切ってた」
「ビブラートは、意識してかけようとすると難しいけど、ロングトーンを伸ばしてるときに自然にかかることがある。それを意識的に出せるようになると、点数が上がる」
「表現力はどうやって上げるの」と三人目が言った。
「表現力は、抑揚をつけること。静かなところはしっかり静かに、盛り上がるところはしっかり上げる。ずっと同じ声量で歌うと、表現力の点数が伸びない」
「でも採点で一番裏技っぽいのは」と最初の男が続けた。少し楽しそうな顔になった。「曲の選び方で」
「曲の選び方」
「採点で高得点が出やすい曲と、出にくい曲がある。音域が広すぎる曲や、リズムが複雑な曲は、採点が厳しくなりやすい。逆に、テンポが一定で、音程の動きが緩やかな曲は、点数が出やすい」
「それは歌が上手く聞こえる曲を選ぶ、ということ」ともう一人が言った。
「そう。あと、ビブラートが自然にかかりやすいバラードは、採点向きが多い。演歌も実は採点に向いてる」
「演歌」と三人目が言った。
「ビブラートとロングトーンが多いから。採点で高得点を出したいなら、演歌を練習する、というのが一番の近道、という話もある」
「カラオケで演歌を練習する人が」ともう一人が言った。
「いる。九十五点以上を狙う人の中には、演歌で練習してから、好きな曲で本番、という人もいるらしい」
「本番という感覚になってるのか、カラオケで」と三人目が笑った。
「採点を本気でやると、そうなる」
三人がコーヒーを飲み終えた。
「結局、採点って意味あるのかな」ともう一人が言った。立ちながら言った。
「楽しければ意味がある」と最初の男が言った。
「クレーンゲームも競馬も採点も、全部そういう結論になるのか」と三人目が言った。
「なる」と最初の男が言った。当たり前のように。
三人が会計に来た。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
三人が出ていった。
一人になった。
コーヒーを一口飲んだ。
楽しければ意味がある。クレーンゲームも、競馬も、カラオケの採点も、攻略できるかどうかより、やっている間が面白いのだと思う。この店に来る人も、何かを解決しに来るわけではない。話している間が、少し楽しければ、それで十分なのかもしれない。




