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火曜日の保険

こういうのは保険プランを見て書きます。最近は各社工夫していますが、まだまだ分かりにくい部分がありますよね。

# 火曜日の保険


三時を過ぎた頃だった。


火曜日の午後は、静かに時間が流れる。


窓から入る光が、テーブルの端まで伸びていた。春の午後の、傾き始める前の光だった。


客はいなかった。


豆を挽いた。音が終わると、また静かになった。


ドアベルが鳴った。


二十代くらいの男女が四人、入ってきた。全員スーツだった。同じ会社の、同期か近い年次、という雰囲気だった。一人だけ、少し年上に見えた。


「いらっしゃいませ」


「ブレンドを四つください」


奥のテーブルに座った。一人がノートを開いた。資料らしき紙を何枚か、テーブルに並べた。


コーヒーを運んだ。


「じゃあ、始めましょうか」と少し年上の男が言った。「今日は火災保険の基本を一通り復習します。来週、お客さんへの説明があるので」


三人が姿勢を正した。


「火災保険って、火事だけに使えるんですよね」と女性の一人が言った。


「それが一番よくある誤解で」と年上の男が言った。「火災保険は火事だけじゃなくて、風災、水災、雪災、落雷、盗難、水濡れなど、かなり幅広い損害に使える」


「風災というのは」ともう一人の男が言った。


「台風や強風で屋根が飛んだとか、窓ガラスが割れたとか。春の嵐でフェンスが壊れた、なんていうのも対象になる場合がある」


「あ、先週みたいな」と女性が言った。


「そういうこと。意外と身近なところで使える保険なんだけど、火災保険という名前のせいで、火事のときしか使えないと思ってるお客さんが多い」


私はカウンターの奥でグラスを磨きながら、聞いていた。


「水災はどういうときに使えますか」と三人目の男が言った。今まで黙ってノートを取っていた男だった。


「河川の氾濫とか、土砂崩れとか、大雨で床上浸水した場合とか」と年上の男が言った。「ただし水災は、補償に入っていない契約も多いから、注意が必要で」


「入っていない契約がある」


「火災保険は、何を補償するかを組み合わせて決める構造になってて」と年上の男が言った。「火災は基本的にどの契約にも入ってるけど、水災は外せるようになってることが多い。マンションの上の階に住んでる人は、床上浸水のリスクが低いから、水災を外してその分保険料を下げる、という選択ができる」


「なるほど」とノートを取っていた男が言った。


「お客さんに説明するときは、どこに住んでいるか、どんなリスクが高いかを聞いてから、必要な補償を一緒に考える、という順番が大事です」


三人がノートに書いた。


私はグラスを棚に戻した。


「建物と家財って、別々に契約するんですよね」と女性が言った。


「そう。よく混乱するところで」と年上の男が言った。「建物というのは、家そのもの。壁とか屋根とか床とか、家に固定されているもの。家財というのは、家の中にある家具や家電や衣類など、動かせるもの」


「火事で家が全焼したとき、建物だけの契約だと」


「家具や家電は補償されない」と年上の男が言った。「逆に、泥棒に家電を盗まれたとき、家財の補償がないと出ない」


「両方必要なんですね」


「賃貸の場合は少し違って」と年上の男が続けた。「賃貸に住んでる人は、建物は大家さんの持ち物だから、建物の保険は大家さんが入る。借りてる人が入るのは、家財の補償と、借家人賠償責任の二つが基本になる」


「借家人賠償責任というのは」ともう一人の男が言った。


「うっかり火事を出して、借りている部屋を燃やしてしまったとき、大家さんに対して弁償する責任が生じる。その費用を補償するのが借家人賠償責任で」と年上の男が言った。「賃貸に住んでる人が火災保険に入るのは、主にこれのため、という面が大きい」


「自分の家財を守るためと、大家さんへの賠償のため」


「そう。この二つがセットになってることが多い」


四人がコーヒーを飲んだ。


窓の外を、親子連れが通り過ぎた。子供が何かを指さして、母親がそちらを見ていた。


「免責金額って、どう説明すればいいですか」とノートを取っていた男が言った。「お客さんに聞かれたとき、うまく説明できなくて」


「免責金額は、損害が出たときに、その一部を契約者が自己負担する金額のことで」と年上の男が言った。「たとえば免責金額が五万円の契約で、台風で十万円の損害が出たとする。そのとき保険から出るのは、十万円から五万円を引いた五万円になる」


「自己負担が先に出る」


「そう。免責金額を高く設定すると、その分保険料が安くなる。リスクの一部を自分で持つかわりに、毎月の保険料を抑える、という考え方で」


「車の保険と同じですね」と女性が言った。


「同じ考え方です。小さな損害は自分で払って、大きな損害だけ保険を使う、という割り切りができる人は、免責を高めに設定して保険料を下げる、という選択もある」


「でも小さな損害が続くと」ともう一人の男が言った。


「続くと、自己負担が積み重なる。どちらが合うかは、お客さんの状況や考え方によって違うから、一緒に考えてあげるのが大事です」


三人がまたノートに書いた。


「保険金の計算方法も確認していいですか」と女性が言った。「新価と時価って、何が違うのか、毎回混乱して」


「大事なところです」と年上の男が言った。「新価というのは、今と同じものを新しく買ったときの値段。時価というのは、今の状態の価値、つまり新価から経年劣化分を引いたもの」


「古くなるほど、時価は下がる」


「下がる。たとえば十年前に三十万円で買ったテレビが、火事で燃えたとする。時価の契約だと、十年分古くなった今の価値、たとえば五万円しか出ない場合がある。でも新価の契約だと、今同じテレビを買える値段、たとえば二十五万円が出る」


「新価の方がいいですね」とノートの男が言った。


「補償としては新価の方が手厚い。でもその分、保険料は高くなる」と年上の男が言った。「昔は時価の契約が多かったけど、今は新価が主流になってきている。いざというときに、ちゃんと同じものを買い直せる金額が出ないと、保険の意味が薄いという考え方が広まってきたので」


「確かに」と女性が言った。「保険金が出ても、買い直せないなら意味がない」


「お客さんにも、そう説明するとわかりやすい」


四人がコーヒーを飲んだ。


「地震保険は、火災保険とセットなんですよね」ともう一人の男が言った。


「地震保険は、単体では入れない仕組みになっていて」と年上の男が言った。「火災保険に付帯する形でしか加入できない。しかも地震保険だけは、国と保険会社が共同で運営する仕組みになっていて、どの会社で入っても補償内容は同じになる」


「どこで入っても同じ」


「同じ。だから地震保険に関しては、会社によって補償が違う、ということはない。違うのは火災保険の部分だけで」


「地震で火事になっても、火災保険は出ないんですよね」と女性が言った。


「出ない。地震が原因の火災は、火災保険の対象外になる。地震保険に入っていないと、地震による損害は補償されない。これもお客さんによく驚かれるところで」


「地震で火事になったのに、火災保険が出ない」とノートの男が言った。


「名前だけ見ると出そうですよね。でも地震、噴火、津波による損害は、火災保険の免責事項になってる。それをカバーするのが地震保険、という整理で」


「整理すると、わかりやすいですね」と女性が言った。


「お客さんへの説明も、整理してから話すと伝わりやすい」と年上の男が言った。「火災保険で何がカバーされて、何がカバーされないか。地震保険が必要な理由。建物と家財の違い。この三つを最初に押さえてから話すと、話が整理される」


三人がノートを見返した。


「大丈夫そうですか」と年上の男が言った。


「なんとか」と女性が言った。


「なんとか、か」と年上の男が笑った。「来週、頑張ってください」


四人がコーヒーを飲み終えた。立ち上がって、会計に来た。


「ごちそうさまでした」


「ありがとうございます」


「また来ます」とノートの男が言った。資料をきちんと揃えて、鞄にしまっていた。


「ここで勉強するんですか」と私は言った。


「集中できるので」とノートの男が言った。少し照れたように。


四人が出ていった。


一人になった。


コーヒーを一口飲んだ。


火災保険という名前なのに、火事以外にも使える。地震の火事には使えない。建物の保険と家財の保険は別で、どちらも必要なことがある。知らないと損をすることが、世の中には意外と多い。この店に来る人たちも、知らなかったことを話しながら帰っていく。知ることと、知らないままでいることの差は、案外小さくない。わからないけれど。


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