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土曜日の脱毛

昨日と対になる話。

やはりインターネットの広告が……

# 土曜日の脱毛


十二時を過ぎた頃だった。


土曜日の昼は、客層がいつもと少し変わる。週末の空気を持った人たちが来る。


窓から入る光が、テーブルの上で丸く広がっていた。春らしい、柔らかい光だった。


ドアベルが鳴った。


二十代後半くらいの女性が三人、入ってきた。買い物帰りの雰囲気だった。紙袋をそれぞれ持っていた。


「いらっしゃいませ」


「ブレンドを三つください」


窓際のテーブルに座った。紙袋を椅子の脇に置いた。


コーヒーを運んだ。


「で、結局どこにしたの」と一人が言った。


「銀座のやつ」ともう一人が言った。「来月から通う」


「高かったよね」と三人目が言った。


「高かった」と二人目が繰り返した。「でも脱毛は安いところで失敗すると取り返しがつかないから」


「失敗ってどんな感じ」と最初の女性が言った。


「やけどとか、色素沈着とか」と二人目が言った。「出力が強すぎて肌が荒れるやつ。安いサロンで件数をこなすために、スタッフの教育が追いついてないところがあって」


「怖いね」


「怖い。だからカウンセリングで絶対に聞くことを全部リストにして、持っていった」


「リストを持って行ったの」と三人目が笑った。


「笑わないで。二十項目作ったの」


「二十項目」


「機械の種類、出力の設定方法、スタッフの研修制度、肌トラブルが起きたときの対応、返金の条件」と二人目が言った。「全部聞いた」


「担当者、引いてたんじゃない」と最初の女性が言った。


「少し引いてた」と二人目が言った。平然と。「でも引かないサロンの方が信用できるって聞いて」


「そういう判断基準があるんだ」


「しっかりした質問にしっかり答えられるかどうかで、サロンの質がわかるって」


「確かに」と三人目が言った。「答えられなかったところもあったの」


「二軒あった」と二人目が言った。「機械の出力の設定を、スタッフが把握していなかった」


「把握してないの」


「してなかった。上の人を呼んできて、それでもはっきりした答えが出なかった」


「それは怖いね」と最初の女性が言った。


「だから選ばなかった」


私はカウンターの奥でグラスを磨きながら、聞いていた。


「脱毛って、仕組みとしては光を毛根に当てて熱で破壊するの」と三人目が言った。


「そう」と二人目が言った。「毛根のメラニンが光を吸収するから、周りの肌に影響を与えずに毛根だけにダメージを与えられる。だから毛が濃くて黒い方が効果が出やすくて、逆に産毛や白髪は反応しにくい」


「サロンの光脱毛と医療レーザーって、違うの」


「医療用の方が出力が強い分、効果が出るのが早い。でも強い分、肌への負担も大きくて」と二人目が言った。「肌が強い人は医療用で一気にやった方が早いけど、敏感肌はサロンで時間をかけた方が安全って言われてる」


「今回はサロンにしたんだ」


「時間はかかるけど、安全を取った」


三人がコーヒーを飲んだ。


「ブラジリアンワックスは試したことある」と最初の女性が言った。


「一回だけ」と三人目が言った。


「どうだった」


「痛かった」


「どのくらい」


「声が出るくらい」と三人目が言った。


「声が出るの」と最初の女性が言った。


「出た。しかも施術してくれた人がベテランのおばちゃんで、慣れた手つきで、こちらの都合を全く考えない速さで剥がしていくから」


「容赦ない」


「容赦がなかった。でも手際がいいから、トータルの時間は短かった」


「それはいいことなのか悪いことなのか」と最初の女性が言った。


「どちらでもあった」と三人目が言った。


二人目が笑った。


「ワックスは即効性があるけど、また生えてくるよね」と最初の女性が言った。


「永久脱毛じゃないから」と二人目が言った。「光やレーザーは時間がかかるけど、毛根を破壊するから永久に近い効果がある。でも完全な永久脱毛は難しくて、ホルモンバランスが変わると新しい毛が生えてくることがあるらしい」


「出産後とかに毛が増えた、って聞いたことある」と三人目が言った。


「そういうこと。だから永久脱毛って表現は、実は薬機法上使えないらしくて」


「使えないの」


「永久と言い切れないから。だからサロンの広告は、長期脱毛とか減毛とか、ぼかした表現を使ってる」


「よく読んでるね」と三人目が言った。


「二十項目のリストを作るために」


窓から入る光が、テーブルの上を少し移動していた。


「男の人の脱毛も増えてるよね、最近」と最初の女性が言った。


「ひげとか胸毛とか」と二人目が言った。「清潔感の基準が変わったんだと思う」


「昔は濃い方がかっこいい、みたいな時代もあったよね」


「あったね。文化で変わるんだよ」と二人目が言った。「エジプトでは古代から脱毛してたらしくて、ツタンカーメンの時代にもワックスに近いものを使ってた記録があるって」


「古代エジプトで脱毛」と最初の女性が言った。


「清潔さの象徴だったらしい。毛がない方が虫がつかないっていう実用的な理由もあって」


「虫か」


「暑い地域だから」と二人目が笑った。「ギリシャでも脱毛は一般的で、陶器の絵に描かれてる女性は毛が描かれていないって話もあるし」


「陶器の絵で確認できるんだ」と三人目が言った。


「歴史的な証拠として残ってるんだって」


「ローマ時代は」と最初の女性が言った。


「ローマも脱毛文化があって、はさみや石を使ってたらしい」


「石で」


「石で毛をこそぎ取るみたいな方法で」と二人目が言った。「絶対痛かったと思う」


「ブラジリアンワックスのおばちゃんより痛い」と三人目が言った。


「比べ物にならないくらい痛いよね」


三人が少し笑った。


「砂糖を使う方法もあったらしくて」と二人目が続けた。「砂糖と水とレモン汁を煮詰めてペースト状にして、肌に塗って剥がす。シュガーワックスっていうやつで、今でもやってるサロンがある」


「今でもあるんだ」と最初の女性が言った。


「原理は古代から変わってないんだって。砂糖は水溶性だからお湯で落とせるし、普通のワックスより肌への負担が少ないって言われてる」


「へえ」と三人目が言った。「よく知ってるね、本当に」


「気づいたら詳しくなってた」と二人目が言った。少し照れたように。「リストを作る過程で」


「二十項目のためだけではもはやないよね」と最初の女性が言った。


三人がコーヒーを飲み終えた。立ち上がって、会計に来た。


「ごちそうさまでした」


「ありがとうございます」


三人が笑いながら出ていった。


一人になった。


コーヒーを一口飲んだ。


古代エジプトから、人は毛と付き合ってきた。昨日の話では、毛を生やそうとしていた。今日は、毛をなくそうとしていた。増やしたい人と、減らしたい人が、同じ時代にいる。どちらも真剣で、どちらも長い歴史がある。悩みの向きは違っても、真剣さは同じだ、と思った。


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