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月曜日の午後

会話の文章練習として、これまではほぼ会話のみで構成してました。毎回違う人で会話のみにするとすごく作るのが楽なんですよね。

今回は一転、会話ほぼなしで状況説明中心にしています。文を読んで、どういう動きをしているのかが上手く伝わったら嬉しいです。

# 月曜日の午後


三時を過ぎた頃だった。


月曜日の午後は静かだ。週が始まったばかりで、みんなまだ動き出している。


今日は客が来なかった。


珍しいことではない。月曜日の午後にこういう日が、年に何度かある。十二時に開けて、一時に常連でもない男性が一人来て、コーヒーを一杯飲んで帰った。それから誰も来ていない。


こういう日に、やることがある。


豆を挽いた。


普段は注文が入ってから挽く。でも今日は時間があった。少し多めに挽いて、挽きたての香りを確かめた。深煎りのマンデリンだった。チョコレートのような、少しスモーキーな香りが広がった。


ドリッパーをカウンターに並べた。


ペーパーフィルターを二つ。ネルのフィルターを一つ。


こうして自分のために淹れ比べることがある。誰かに見せるわけではない。ただ、確かめたくなる。


まず湯を沸かした。


コーヒーを美味しく淹れるために、湯の温度が大事だ。沸騰したばかりの百度の湯をそのまま使うと、コーヒーの成分が出すぎて、えぐみや雑味が強く出る。少し冷ます。八十五度から九十度のあたりが、深煎りには合っている。


温度計を持っていない人は、沸騰してから一分待てばだいたいそのくらいになる。


ドリッパーとカップを湯で温めた。これも大事なことで、冷えた器具に注ぐと、せっかく温度を整えた湯が一気に下がる。温めた湯を捨てて、ペーパーフィルターをセットした。


豆を量った。


一杯分、十グラム。湯は百六十ミリリットルから百八十ミリリットルほど。これが基本の比率で、濃くしたければ豆を増やすか湯を減らす。薄くしたければその逆。砂糖やミルクを入れる人は少し濃いめに淹れた方が、最終的なバランスがよくなる。


蒸らしから始めた。


細口のポットから、中心に向かって静かに湯を注ぐ。豆全体が湿るくらい、三十グラムほど。そのまま三十秒、待つ。


この三十秒が大事だ。


豆は焙煎の過程で炭酸ガスを含んでいる。新鮮な豆ほどガスが多く、湯を注ぐとドーム状に膨らむ。この膨らみが、豆の新鮮さの目安になる。


蒸らすことで、豆の組織が開く。均一に開いた豆に湯を通すことで、成分がムラなく抽出される。蒸らしを省いて一気に注ぐと、湯が豆の中を均一に通らず、薄い部分と濃い部分ができる。


マンデリンが、小さく膨らんだ。新しい豆だった。


三十秒経って、本注ぎを始めた。


中心から外に向かって、ゆっくりと円を描くように注ぐ。内側から外側へ、また内側へ。細く、静かに。湯がフィルターの壁に直接当たらないように気をつける。壁に当てると、そこだけ薄くなる。


三回に分けて注いだ。


一投目で半分ほど抽出して、湯面が下がりきる前に二投目を注ぐ。湯面を一定の高さに保つイメージで。コーヒーの粉が湯に浸かっている時間が、抽出の時間になる。湯面が下がりきってから次を注ぐと、粉が一度空気にさらされて、抽出にムラが出る。


全部で二分から二分半。それが一つの目安だ。


できた。


一口飲んだ。


マンデリンの深い苦みが最初に来て、続いてチョコレートのような甘さが広がって、後味にわずかなスモーキーさが残った。酸味はほとんどない。どっしりとした、重心の低い味だった。


次に、ネルドリップで淹れた。


ネルというのは、布のフィルターのことだ。


ペーパーと何が違うか。ペーパーは紙の繊維がコーヒーの油分を吸い取る。だから仕上がりがクリアで、すっきりとした口当たりになる。


ネルは布だから、油分をそのまま通す。コーヒーに含まれる油分が、そのままカップに落ちる。


口に含んだ瞬間に、わかる。


ペーパーで淹れたものより、明らかにとろみがある。舌の上で広がる感じが違う。マンデリンの苦みと甘さが、油分に乗って口全体に広がる。後味が長く続く。


味が、濃い。


濃いというのは苦いということではなくて、情報量が多い、というような感覚だ。一口の中に、たくさんのものが詰まっている。


ネルの欠点は手間がかかることだ。使った後は必ず水洗いして、水に浸けて冷蔵庫で保管する。乾かすと繊維が傷んで、雑味が出るようになる。それだけ扱いが難しい。


でも、手間をかける価値がある。


川崎さんはネルドリップで淹れていた。だからこの店では今もネルのフィルターを置いている。


次に、もう一度、今度は金属フィルターを使った。


金属フィルターは、細かい金属の網でできている。紙でも布でもない。油分はネルと同じく通す。ただしネルより目が粗いぶん、微粉も一緒にカップに落ちる。


微粉というのは、豆を挽いたときに出る非常に細かい粉のことだ。


一口飲んだ。


ネルより少しざらっとした口当たりがある。でも油分はしっかり通っているから、コクがある。後味にわずかな渋みが混じる。これが微粉の影響だ。


好みが分かれる。この渋みを雑味と感じる人もいるし、これがコーヒーらしさだと感じる人もいる。


三種類のコーヒーが、カウンターに並んだ。


ペーパー。ネル。金属フィルター。


同じ豆、同じ湯の温度、同じ分量で淹れた。それでも味が違う。


飲み比べた。


ペーパーは一番クリアだった。雑味がなく、豆の個性がわかりやすく出る。初めて飲む豆の味を確かめるのに向いている。


ネルは一番豊かだった。油分が全部入るから、味の層が厚い。手間がかかる分、それに見合うものがある。


金属フィルターはその中間にいて、ネルほどとろみはないが、ペーパーより重さがある。微粉の渋みがアクセントになっていた。


どれが一番うまいか、という問いに、答えはない。


豆によって向き不向きがある。浅煎りの酸味が特徴的な豆は、ペーパーで淹れるとその酸味がきれいに出る。深煎りの重厚な豆は、ネルで淹れるとそのコクが最大限に引き出される。


飲む人の好みもある。すっきりしたものが好きならペーパー。濃厚なものが好きならネル。


ドリッパーの形の話もある。台形のドリッパーと、円錐形のドリッパーでは、湯の抜け方が違う。台形は穴が小さくて湯がゆっくり抜ける。粉と湯が接触している時間が長い。円錐は穴が大きくて、湯が速く抜ける。同じ豆でも、ドリッパーの形によって味が変わる。


コーヒーというのは、そういうものだ。


一つの答えがあるわけではない。変数がたくさんあって、それぞれが味に影響する。豆の種類、焙煎度、挽き目の粗さ、湯の温度、湯量、注ぎ方、フィルターの種類、ドリッパーの形。


全部が揃って、一杯になる。


三つのカップを片付けた。


ネルを水洗いして、水に浸けた。


残った豆を袋に戻した。


窓の外を人が通り過ぎた。気が付くと外が薄暗い。


ドアベルが鳴った。


スーツの男が入ってきた。先週の月曜日に来た男だった。残業をせずに定時で帰ってきた、あの男だ。


「いらっしゃいませ」


「今週も来ました」と男が言った。少し照れたような顔で。


「どうぞ」


「ブレンドを」


「はい」


豆を挽いた。


今度は誰かのために淹れる。蒸らしから、丁寧に。


男はカウンターに座って、鞄を足元に置いた。今日は先週より少し、鞄の落とし方が穏やかだった。


コーヒーを出した。


男は両手でカップを包んで、一口飲んだ。


「うまい」と男が言った。


「ありがとうございます」


「なんでこんなにうまいんですかね、ここのコーヒー」


「さあ」と私は言った。


男が少し笑った。


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