土曜日の午後
# 土曜日の午後
二時を過ぎた頃だった。
土曜日は客層が変わる。スーツがいない。みんな少し、ゆっくりしている。
窓際に初老の夫婦が一組、静かにコーヒーを飲んでいた。
ドアベルが鳴った。
大学生らしい男女が四人、入ってきた。三人が少し緊張した様子で、一人だけ慣れた顔をしていた。
「いらっしゃいませ」
「ブレンドを四つ」と慣れた顔の男が言った。
奥のテーブルに座った。ノートと、何枚かプリントを持っている。
コーヒーを運んだ。
「じゃあ、始めましょうか」と慣れた顔の男が言った。二年生か三年生だろうか。他の三人より少し落ち着いていた。
「クイズの問題って、どうやって作るんですか」と女子の一人が言った。
「いくつかやり方があるんですけど」と男が言った。「まず大事なのは、答えから作る、ということで」
「答えから」
「そう。面白い答えを見つけてから、問題文を組み立てる」
「普通は問題から考えません?」ともう一人の男子が言った。
「考えたくなるんだけど、それをやるとたいてい面白くない問題になる」
「なんでですか」
「問題から考えると、知ってるかどうかだけを問う問題になりやすい」と男が言った。「答えから考えると、その答えにたどり着くまでの道筋を設計できる」
「道筋」
「クイズって、答えを当てるゲームじゃなくて、答えにたどり着く過程を楽しむゲームだから」
三人がノートに書き留めた。
私はカウンターの奥で豆を袋詰めしながら、聞いていた。
「いい答えって、どんな答えですか」ともう一人の女子が言った。
「意外性があって、でも聞いたら納得できる答え」と男が言った。「たとえば、日本で一番消費量が多い野菜は何でしょう、という問題があったとして」
「大根、ですか」と最初の女子が言った。
「多くの人がそう思う。でも正解はキャベツで」
「キャベツ」
「キャベツと聞いたら、言われてみれば、ってなる。トンカツにも、ラーメンにも、お好み焼きにも入ってる」
「言われてみれば」
「その、言われてみれば、が出てくるのがいい答えの条件で」と男が言った。「問題を聞いた瞬間は別のものを思い浮かべるけど、答えを聞いたら納得できる」
「裏切りと納得が同時にある」ともう一人の男子が言った。
「そう」と男が言った。「うまいこと言いますね」
男子が少し照れた。
窓際の夫婦が、静かにコーヒーを飲んでいた。
「問題文にもコツがありますか」と最初の女子が言った。
「あります」と男が言った。「一番大事なのは、最後まで答えがわからないようにすること」
「最後まで」
「クイズって早押しが多いじゃないですか。問題文の最初の方で答えがわかってしまうと、知ってる人が即押しするだけになる」
「それは良くないんですか」
「早押しは大事なんですけど」と男が言った。「全部聞かないと確信が持てない、という設計の方が、面白い問題になる」
「ヒントを後ろに置く、ということですか」
「そう。最初に大きい情報を出して、聞けば聞くほど絞られていく」
「漏斗みたいに」ともう一人の女子が言った。
「漏斗」と男が繰り返した。「それ、いい例えです」
女子が少し嬉しそうな顔をした。
「例えば、こういう問題があって」と男がプリントを取り出した。「十九世紀のドイツに生まれた作曲家です。ピアノの詩人とも呼ばれ、数多くのピアノ曲を残しました。夜想曲という形式を芸術的に完成させたとされるこの音楽家は誰でしょう」
「ショパン、ですか」と男子の一人が言った。
「そう。でもこの問題、最初の十九世紀のドイツ生まれ、で引っかかる人がいる」
「ショパンはポーランドのイメージだから」と最初の女子が言った。
「そう。だからドイツという情報を最初に出すと、ショパンを知ってる人でも一瞬迷う」
「でも夜想曲まで聞いたら確信できる」
「確信できる。ヒントが積み重なるにつれて、絞られていく」と男が言った。「この問題の問題点はどこだと思いますか」
三人が少し考えた。
「夜想曲、ですか」ともう一人の女子が言った。「知ってる人には一発でわかるけど、知らない人には最後まで聞いてもわからない」
「そうです」と男が言った。「最後のヒントが、知ってる人には強すぎて、知らない人には機能しない。ヒントの強さのバランスが悪い」
「ヒントに強弱がある」
「ある。全部のヒントが、少しずつ絞れていくのが理想で」と男が言った。「一個だけ突出して強いヒントがあると、バランスが崩れる」
三人がノートに書いた。
私はグラスを磨いた。漏斗という言葉が、頭に残っていた。
「引っかけ問題はどうですか」と男子の一人が言った。
「引っかけは難しくて」と男が言った。「やりすぎると意地悪な問題になる」
「どこが境界ですか」
「答えを聞いたあとに、やられた、と思えるかどうか」と男が言った。「答えを聞いて、そんなのわかるか、と思ったら意地悪な問題で、なるほど、となったら面白い引っかけ」
「問題を解く側の気持ちを想像して作る」
「そう」と男が言った。「作ってる側は答えを知ってるから、つい難しく作りすぎる。知らない人の目線に戻るのが、一番難しい」
三人がまたノートに書いた。
しばらく静かになった。
「問題を作ってみてください」と男が言った。「何でもいいので、今思いついたもので」
三人が少し黙った。
最初の女子がノートに書いた。
「できました」
「読んでみて」
「えっと」と女子が言った。「七福神のうち、日本生まれの神様は何人でしょう」
しばらく間があった。
「七人全員、じゃないですか」と男子の一人が言った。
「違います」
「じゃあ、何人?」ともう一人の女子が言った。
「一人です」と最初の女子が言った。
「一人」
「えびすだけが日本の神様で、他の六人はインドか中国から来た神様で」
「七福神なのに、日本の神様が一人だけ」ともう一人の男子が言った。
「それは知らなかった」
「言われてみれば、ってなる」と男が言った。「いい答えです。問題文にもう少し引っ張りを作れれば、もっとよくなる」
「どうやって引っ張りますか」
「たとえば」と男が言った。「日本の神様と外国の神様が混ざった七柱のグループがいます、という入り方にすると、最初から外国の神様がいることを示唆できる」
「示唆しておくと、答えを聞いたあとの納得感が増す」
「そういうこと」
「じゃあ次」と男が言った。
男子の一人がプリントの裏に書いたものを読んだ。
「アンデルセンは、毎晩寝る前に必ずあるものを枕元に置いていました。それは何でしょう」
しばらく間があった。
「お守り、ですか」と最初の女子が言った。
「違います」
「本?」ともう一人の女子が言った。
「違います」
「なんですか」と男が言った。
「メモ帳です」と男子が言った。「死んでいません、と書いたメモを毎晩置いていた」
「死んでいません」と最初の女子が繰り返した。
「アンデルセンはひどい心配性で、自分が眠っている間に死んでいると誤解されて埋葬されるのが怖くて、そのメモを書いていた」
「童話作家なのに」と男が言った。
「童話は怖いよ」ともう一人の女子が言った。
「意外性があって、聞いたら納得できる」と男が言った。「裏切りと納得のバランスがいい問題です。ただ、問題文にもう一声ほしい」
「どういうことですか」
「アンデルセンは、という書き出しで始まると、アンデルセンに関する問題だとすぐわかる。それは問題ない。でも毎晩必ず、というところをもっと強調すると、重要なことを毎晩やってた、という期待感が出る」
「期待感」
「答えが出てくる前に、これは何だろう、という気持ちを高める」と男が言った。「問題文は、答えへの助走でもあるので」
「答えへの助走」と最初の女子がノートに書いた。
「最後」と男が言った。
もう一人の女子が言った。
「日本で一番短い国道の長さは、どのくらいでしょう」
「知らない」と男子の一人が言った。
「何キロくらいですか」と最初の女子が言った。
「百八十七メートルです」
「百八十七メートル」と男が繰り返した。「国道なのに」
「国道なのに、百八十七メートル」
「場所はどこですか」と男子が言った。
「神戸港の近くです。国道百七十四号線」
「国道というと、何百キロもあるイメージがあるから」と男が言った。「百八十七メートルは意外性が十分にある。答えはいい」
「でも」
「問題文が、長さを聞いているだけになってる」と男が言った。「国道なのに、という驚きをもっと引き出せる問題文にできる」
「どうやって」
「たとえば」と男が言った。「端から端まで歩いて一分以内とか、百七十四号と百八十七メートルという数字も絡められるかも」
「一分もかからない、という時点で国道とは思わない」
「思わない。でも答えを聞いたら、国道なのに、ってなる」
「なるほど」と女子が言った。ノートに書き直していた。
四人がコーヒーを飲み終えた。
「今日のまとめを言ってみて」と男が言った。
最初の女子が言った。「答えから作る。言われてみれば、が出てくる答えを選ぶ」
もう一人の男子が言った。「ヒントは漏斗のように、均等に絞れていくように並べる」
もう一人の女子が言った。「問題文は答えへの助走。答えが出てくる前の期待感を作る」
男が頷いた。
「よくまとまってます」
四人が立ち上がった。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
「また来ます」と男が言った。「次は作ってきた問題を持ち寄って」
「ここで出し合うんですか」と最初の女子が言った。
「ここで出し合う」
「それ、楽しそう」
四人が笑いながら出ていった。
窓際の夫婦も、少しして立ち上がった。静かに会計をして出ていった。
一人になった。
問題文は答えへの助走。
コーヒーを一口飲んだ。
この店に来る人たちも、何かを抱えてくる。言いたいことが最初から整理されている人はあまりいない。話しながら、少しずつ形になっていく。それはたぶん、助走みたいなものだと思った。言葉がうまく出てくる前の、助走が必要なのだ。




