月曜日の夕方
# 月曜日の夕方
六時過ぎだった。
外はもう暗い。月曜日の夜は、火曜日よりも暗く見える。気のせいだとわかっているが、そう感じる。
笹木さんがカウンターの端で文庫本を読んでいた。今日は珍しく、遅くまでコーヒーを二杯飲んでいた。
ドアベルが鳴った。
スーツの男が入ってきた。三十代の半ばだろうか。ネクタイが少し緩んでいる。入り口で一瞬、店内を見渡した。初めて来る店に入るときの顔だった。
「いらっしゃいませ」
「あ、一人です」
「どうぞ」
男はカウンターの中ほどに座った。鞄を足元に置いた。置き方が、落とすような感じだった。
「ブレンドを」
「はい」
コーヒーを淹れていると、男はカウンターに肘をついて、ぼんやりと豆の瓶を眺めていた。
「前から気になってたんですよ、ここ」と男が言った。「毎日前を通るんで」
「仕事帰りですか」
「そうです。でも今まで入れなかった。いつも急いでたから」
「今日は急がなかった」
「今日は……もう、限界で」
コーヒーを出した。男は両手でカップを包んだ。
「月曜がとにかく嫌なんですよ」と男が言った。「毎週日曜の夜から、もう気が重くて」
「日曜の夜から」
「頭の中で月曜が始まってる感じ。日曜なのに」
「それは疲れますね」
男がコーヒーを飲んだ。
「でも月曜って、何でこんなにしんどいんですかね」
「最初だからじゃないですか」と私は言った。
「最初」
「一週間の最初の日というのは、たいていしんどい気がします。慣れてないうちは特に」
「慣れても嫌ですよ」
「そうかもしれない」
笹木さんがページをめくる音がした。
「何か解決策、ないですかね」と男が言った。「月曜の憂鬱をどうにかする方法」
「そういう話、よく聞きますよ」と私は言った。
「みんな嫌なんじゃないですか」
「月曜に好きなものを置いておく、という方がいました。月曜だけ食べていいものを決めるとか」
「やってます」男が言った。「コンビニで好きなアイス、ずっと決めてて」
「それはいい」
「でも焼け石に水で」
「会社に着いてしまえば、どうにかなりませんか」
「なるんです」男が少し驚いた顔をした。「なるんですよ、不思議なことに。でも着くまでが」
「着くまでが一番つらい」
「そうなんです。わかりますか」
「お客さんで多いですよ、その話」
男が少し安心したような顔になった。
「週休三日にしてほしいですよ、ほんとに」
「週休三日になったら」と私は言った。「火曜日が月曜日になるだけかもしれません」
男が黙った。
「……そうか。月曜が嫌なんじゃなくて、最初の日が嫌なのか」
「かもしれない」
「じゃあどうしたって、どこかで嫌な日が来る」
「そうですね」
男はしばらく考える顔をして、コーヒーを飲んだ。
「仕事、嫌いなわけじゃないんですよ」と男が言った。
「そうですか」
「嫌いじゃないのに、行きたくない。何なんですかね、それ」
「好きな人に会いに行くのも、たまには億劫でしょう」
男が黙った。
「……まあ」
「嫌いと、行きたくないは、別だと思いますよ」
「そういう考え方、したことなかったな」男がカップを見た。「なんか、少し楽になった気がする」
カップが空になっていた。
「もう一杯、いいですか」
「どうぞ」
二杯目を出した。男はゆっくり飲んだ。今度は肘をつかなかった。
「ここって、何時まで開いてますか」
「大体七時です。お客さんの様子を見て閉めてます」
「月曜は、ですか」
「毎日です」
男が少し考える顔をした。
「今日、早く出てきたんですよ。残業あったんですけど、もう無理だと思って。月曜くらいは定時で帰ろうと思って」
「それはいい判断だと思いますよ」
「上司には少し睨まれましたけど」
「睨まれても」
「定時で帰りました」男がコーヒーを飲んだ。「で、ここに来た」
「月曜を、残業しない日にしてみたらどうですか」と私は言った。
男が顔を上げた。
「月曜を」
「残業しないで、ここへ来る。それだけ決めておく」
「……それ、できるかな」
「今日、できたじゃないですか」
男がしばらく黙った。それから少し笑った。
「そうか。今日、できた」
「次の月曜も、できるかもしれない」
「毎週は来られないかもしれないですけど」
「それでも」と私は言った。「月曜に残業しないと決めるだけでも、少し違うんじゃないですか。ここに来られる来られないは、別として」
男がもう一度笑った。今度は少し違う笑い方だった。
「そうですね。まず残業しないことを決める」
「月曜だけ、とりあえず」
「月曜だけ」
男はゆっくりコーヒーを飲み終えた。
「ごちそうさまでした」
「ありがとうございます」
「また来ます。来られたら」
「お待ちしてます」
扉が閉まった。
笹木さんが本から目を上げた。
「月曜の常連、できそうですね」
「どうでしょう」
「残業しないと決めた月曜に来る店、というのは」笹木さんが少し笑った。「悪くない居場所ですよ」
「そうですね」
笹木さんがまた本に戻った。
カップを下げながら、思った。
月曜の憂鬱をどうにかしようとして、たどり着いた答えは「自分の場所を作る」だった。解決とは言えないかもしれないが、男は来たときより少し顔が違った。それで十分だ、と思った。




