火曜日の午後
# 火曜日の午後
火曜日の午後三時。店内には二組の客がいた。
窓際には常連の笹木さんが一人で本を読んでいる。そして奥のテーブルには、三十代くらいの女性が二人。スマートフォンを立てかけて、何かを見ている。
私はカウンターの奥で、静かに伝票を整理していた。
「ほら、ここで黒蜜を入れるんだって」一人が画面を指差しながら言った。
「えー、そんなに入れるの?」
「動画ではそう言ってる」
「でも、甘すぎない?」
「甘いのがいいんじゃない?」
私は手を動かしながら、何気なく聞いている。
「ねえ、再生止めて。もう一回見たい」
「ちょっと待って」
スマートフォンをタップする音がした。
「ほら、ここ。きな粉は最後にかけるって」
「最後なんだ」
「そう。先にかけちゃダメなんだって」
「へえ、知らなかった」
笹木さんが、本から目を上げてこちらを見た。私は小さく首を傾げる。
「でもさ、この人、めっちゃ手際いいよね」
「プロだもん」
「プロ?」
「うん。和菓子職人なんだって」
「へえ、すごい」
「それで、信玄餅の作り方を教えてくれてるの」
「親切だね」
私は少し驚いた。信玄餅を作っているのか。
「ねえ、作ってみたくない?」
「作りたい! でも、家のキッチン、今リフォーム中で使えないんだよね」
「あー、そっか」
「残念」
「また今度だね」
私は、思わず口を開いた。
「あの」
「はい?」二人が振り向いた。
「信玄餅、私が作りましょうか?」
「え?」
「材料があれば、ここで作れますよ」
「本当ですか!」
「ええ。材料があれば」
「あります!」一人が鞄をゴソゴソ探り始めた。「実は、作りたくて買ってきてたんです」
「そうなんですか」
「でも、作る場所がなくて。本当にいいんですか?」
「ええ。私も、作ってみたかったんです」
笹木さんが、本を閉じた。
「マスター、信玄餅作れるの?」
「いえ、初めてです」
「初めて?」
「でも、やってみます」
二人は、嬉しそうに材料を取り出した。
「じゃあ、動画を見ながら、一緒に作りましょうか」
「お願いします!」
私はキッチンに立った。二人とスマートフォンを持った笹木さんが、カウンター越しに見ている。
「まず、白玉粉100グラムに、砂糖80グラム、水150ミリリットルを混ぜるそうです」
「分かりました」
私は、ボウルに白玉粉を入れた。
「水は、少しずつ入れた方がいいって言ってます」
「なるほど」
慎重に水を加えながら、混ぜる。白玉粉が、徐々に溶けていく。
「あ、滑らかになってきましたね」一人が言った。
「そうですね」
「次、砂糖を入れて」
砂糖を加えて、また混ぜる。
「これを、レンジで温めるんだって」
「600ワットで、2分ですね」
ボウルをレンジに入れて、スタート。
四人で、じっとレンジを見守る。
「ドキドキしますね」
「ええ」
レンジが、ピーッと鳴った。
ボウルを取り出すと、白い塊ができていた。
「おお」笹木さんが声を上げた。
「これを、よく混ぜるんだって」
「分かりました」
私は、へらで混ぜ始めた。熱くて、粘りがある。
「かなり粘りますね」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
しばらく混ぜていると、段々と滑らかになってきた。透明感も出てきた。
「わあ、求肥っぽくなってきた」
「本当ですね」
「次、きな粉を敷いたバットの上に、これを広げるんだって」
「なるほど」
私は、バットにきな粉を広げた。その上に、熱々の求肥を流し込む。
「熱いうちに、平らにするんだって」
「分かりました」
濡らしたスプーンで、求肥を平らに延ばしていく。
「上手ですね、マスター」
「いえ、初めてなんですけど」
「本当ですか? プロみたいです」
求肥が、だいたい平らになった。
「これを、切り分けるんだって」
「今、温かいうちにですか?」
「そうみたいです」
私は、包丁を濡らして、求肥を一口サイズに切っていった。
「わあ、信玄餅っぽい」
「本当ですね」
切った求肥を、きな粉の上で転がす。全体にきな粉がまぶされていく。
「できました」
「やった!」
二人が拍手した。笹木さんも拍手している。
「すごいわ、マスター」
「いえ、動画のおかげです」
「じゃあ、黒蜜をかけましょう」一人が、鞄から黒蜜を取り出した。
小さな容器に求肥を入れて、黒蜜をかける。
「完成!」
「本当に、信玄餅だ」
私は、四人分、小皿に盛った。
「さあ、どうぞ」
「いただきます」
四人で、同時に口に入れた。
柔らかい求肥。香ばしいきな粉。甘い黒蜜。
「美味しい!」二人が声を揃えた。
「本当に美味しいわ」笹木さんも頷いた。
私も、自分で作った信玄餅を味わった。
確かに、美味しい。
思っていたより、ずっと簡単だった。
「マスター、すごいです」
「いえ、皆さんのおかげです」
「YouTube、すごいですね」
「そうですね」
笹木さんが、私に言った。
「マスター、新しいメニューにしたら?」
「信玄餅ですか?」
「ええ。手作り信玄餅。コーヒーに合うわよ」
「そうですかね」
「合いますよ!」二人が言った。
私は少し考えた。
「でも、毎日作るのは大変かもしれませんね」
「じゃあ、週末限定とか」
「それはいいかもしれません」
四人で、信玄餅を食べ終えた。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ」
「楽しかったです」
「こちらこそ」
二人は、嬉しそうに会計を済ませた。
「また来ます」
「お待ちしています」
「次は、何作りましょうか?」
「そうですね」私は笑った。「考えておきます」
二人が帰った後、笹木さんも会計を頼んだ。
「面白かったわ」
「そうですね」
「マスター、料理の才能あるわよ」
「いえ、そんなことないですよ」
「あるわよ。また作ってね」
「はい」
笹木さんが帰った後、私は一人になった。
キッチンには、きな粉の香りが残っている。
信玄餅。
YouTube見ながら、初めて作った。
意外と、できるものだ。
私はコーヒーを一口飲んだ。
確かに、信玄餅とコーヒー、合うかもしれない。
週末限定メニュー。
面白いかもしれない。
火曜日の午後。
YouTube見ながら、信玄餅作り。
新しい挑戦が、この店で生まれた。
そして、また一つ、この店の物語が増えた。
私は静かに、残ったきな粉を片付けた。
また明日も、誰かがこの扉を開けてくれる。
どんな人が、どんな話を持ってくるだろう。
そんなことを思いながら、私は笑った。
信玄餅は私も何度か作ったことがあります。
作りたてはとても美味しいので、機会があればお試しください。
リアクション、感想などあると大変励みになります。
引き続きよろしくお願いします。




