日曜日の午後
# 日曜日の午後
日曜日の午後三時。健太と二人で店番をしていた。
「マスター、今日は静かですね」
「日曜日は、そういう日もあるさ」
「そうですね」
その時、ドアベルが鳴った。
入ってきたのは、二十代後半くらいの女性二人。一人は背が高くてショートカット、もう一人は小柄で髪を後ろで結んでいる。どこか見覚えがある気がするが、思い出せない。
「いらっしゃいませ」
「あ、こんにちは」
二人は奥のテーブルに座った。明るい雰囲気だ。
「コーヒー、二つお願いします」
「かしこまりました」
私はコーヒーを淹れ始めた。
「ねえ、昨日のライブさ」背の高い方が言った。
「うん」
「めっちゃウケたよね」
「ウケた。特に、あのくだり」
「ほら、『私たち、女芸人です』って自己紹介したら」
「お客さんが、『頑張って!』って言ってくれたの」
「あれ、嬉しかったね」
「うん。なんか、応援されてる感じがして」
健太が、小声で私に言った。
「マスター、芸人さんですかね?」
「みたいだな」
コーヒーを運ぶと、二人は嬉しそうに受け取った。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
カウンターに戻ると、二人の会話が続いていた。
「でもさ、次のネタ、どうする?」
「うーん、また美容ネタ?」
「美容ネタ、好評だったもんね」
「うん。私たち、美容ネタ得意だよね」
「得意。やっぱり、実体験が強い」
「そうそう」
小柄な方が、コーヒーを一口飲んだ。
「あのさ」背の高い方が言った。
「うん」
「この前、マッチングアプリで会った人」
「うん」
「第一声が、『芸人なんだ。面白いね』だったの」
「え、いい人じゃん」
「いい人だった。で、『どんなネタやるんですか?』って聞かれて」
「聞かれて?」
「『美容ネタです』って言ったら、『僕も美容に興味あります』って」
「優しい」
「優しかった。それで、お互いのスキンケアの話で盛り上がっちゃって」
「ウケる」
「でしょ。それがもう、ネタになるくらい盛り上がって」
小柄な方が、テーブルを叩いて笑った。
「それ、使おうよ」
「使う?」
「うん。『マッチングアプリで出会った男性と、スキンケアで盛り上がる女芸人』みたいな」
「あー、いいかも」
「いいよね」
私は、静かに聞きながら、グラスを磨いていた。
「あとさ」小柄な方が続けた。
「うん」
「この前、実家帰ったら、母親に褒められたの」
「何?」
「『最近、肌きれいになったね』って」
「お母さん、優しい」
「優しいでしょ。で、私、『芸人になってから、美容頑張ってるんだ』って言ったら」
「言ったら?」
「『それはいいことね。女の子は、やっぱり綺麗な方がいいわ』って」
「いいお母さんだね」
「でしょ。で、私、『芸人でも綺麗でいられるよ』って言ったら」
「言ったら?」
「『当たり前よ。むしろ、人前に出る仕事なんだから、綺麗にしてた方がいいわ』って」
「その通りだね」
背の高い方が、大きく頷いた。
「私も、この前、親戚の集まりで、おじさんに言われたよ」
「何?」
「『芸人って、大変でしょ』って」
「大変だよね」
「でしょ。で、私、『大変ですけど、楽しいです』って言ったら」
「言ったら?」
「『それが一番大事だね』って」
「いいおじさんじゃん」
「そう。で、私、『応援してくださいね』って言ったら」
「言ったら?」
「『もちろん。テレビで見たら、自慢するよ』って」
「優しい」
「優しいでしょ」
健太が、じっと二人を見ている。
私も、手を止めて聞いていた。
「でもさ」小柄な方が言った。
「うん」
「やっぱり、女芸人って、ネタの種類が限られる感じはあるよね」
「あるある」
「美容か、恋愛か、ダイエットか」
「でも、それって、私たちが一番語れることだからいいんじゃない?」
「そうだね」
「得意分野で勝負」
「そうそう」
二人は、また笑った。
「あのさ」背の高い方が言った。
「うん」
「私たち、いつか『女芸人』じゃなくて、ただの『芸人』って呼ばれるようになるかな」
「え?」
「だって、男芸人のこと、『男芸人』って呼ばないじゃん」
「あー、確かに」
「でも、まあ、どっちでもいいかなって最近思うんだ」
「どういうこと?」
「『女芸人』って呼ばれても、面白ければいいんじゃないかって」
「そうだね」
「面白いのが一番」
「そうそう」
二人は、ノートを取り出した。
「じゃあ、次のネタ、考えよう」
「うん」
「マッチングアプリの話、使う?」
「使う使う」
「で、オチは?」
「オチは」背の高い方が考えた。「結局、その人と付き合わなかったんだけど、スキンケアの知識だけもらった、みたいな」
「あー、いいね」
「得したのか、損したのか分からない感じ」
「いいよ、それ」
二人は、ノートに書き始めた。
私は、新しいコーヒーを淹れた。
健太が、小声で言った。
「マスター、楽しそうですね」
「そうだな」
「仕事、楽しいんですね」
「みたいだな」
時間が過ぎていく。
二人は、時々笑いながら、ノートに書き込んでいる。
やがて、夕方になった。
「あ、もうこんな時間」
「やばい、次の打ち合わせ」
二人は慌てて立ち上がった。
「お会計お願いします」
「はい」
会計をしながら、背の高い方が言った。
「すみません、長居しちゃって」
「いえいえ」
「ここ、落ち着きますね」
「ありがとうございます」
「また来てもいいですか?」
「もちろん。いつでもどうぞ」
「ありがとうございます」
二人は、嬉しそうに帰っていった。
健太が言った。
「マスター、あの人たち、テレビで見たことある気がします」
「そうか?」
「はい。なんか、見覚えが」
「そうかもしれないな」
私は、窓の外を見た。
二人の後ろ姿が、夕日に照らされている。
女芸人。
大変なこともあるだろうけど、楽しそうだ。
好きなことを仕事にしている。
それは、素敵なことだと思った。
日曜日の午後。
女芸人が、この店を通り過ぎていった。
笑いながら、前を向いて。
私は静かに、コーヒーを一口飲んだ。
健太が、テーブルを拭いている。
「マスター」
「ん?」
「僕も、好きなことを仕事にしたいです」
「そうか」
「はい。この店が好きです」
「ありがとう」
窓の外を見ると、夕日が沈みかけていた。
また一週間が終わる。
『コーヒーハウス 雨宮』
色んな人が来て、色んな話をする。
笑いも、喜びも、希望も。
全部、この店に残っていく。
それが、この店の物語だ。
日曜日の夕方。
また新しい一週間が、始まろうとしている。




