表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/61

日曜日の午後

# 日曜日の午後


日曜日の午後三時。健太と二人で店番をしていた。


「マスター、今日は静かですね」


「日曜日は、そういう日もあるさ」


「そうですね」


その時、ドアベルが鳴った。


入ってきたのは、二十代後半くらいの女性二人。一人は背が高くてショートカット、もう一人は小柄で髪を後ろで結んでいる。どこか見覚えがある気がするが、思い出せない。


「いらっしゃいませ」


「あ、こんにちは」


二人は奥のテーブルに座った。明るい雰囲気だ。


「コーヒー、二つお願いします」


「かしこまりました」


私はコーヒーを淹れ始めた。


「ねえ、昨日のライブさ」背の高い方が言った。


「うん」


「めっちゃウケたよね」


「ウケた。特に、あのくだり」


「ほら、『私たち、女芸人です』って自己紹介したら」


「お客さんが、『頑張って!』って言ってくれたの」


「あれ、嬉しかったね」


「うん。なんか、応援されてる感じがして」


健太が、小声で私に言った。


「マスター、芸人さんですかね?」


「みたいだな」


コーヒーを運ぶと、二人は嬉しそうに受け取った。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


カウンターに戻ると、二人の会話が続いていた。


「でもさ、次のネタ、どうする?」


「うーん、また美容ネタ?」


「美容ネタ、好評だったもんね」


「うん。私たち、美容ネタ得意だよね」


「得意。やっぱり、実体験が強い」


「そうそう」


小柄な方が、コーヒーを一口飲んだ。


「あのさ」背の高い方が言った。


「うん」


「この前、マッチングアプリで会った人」


「うん」


「第一声が、『芸人なんだ。面白いね』だったの」


「え、いい人じゃん」


「いい人だった。で、『どんなネタやるんですか?』って聞かれて」


「聞かれて?」


「『美容ネタです』って言ったら、『僕も美容に興味あります』って」


「優しい」


「優しかった。それで、お互いのスキンケアの話で盛り上がっちゃって」


「ウケる」


「でしょ。それがもう、ネタになるくらい盛り上がって」


小柄な方が、テーブルを叩いて笑った。


「それ、使おうよ」


「使う?」


「うん。『マッチングアプリで出会った男性と、スキンケアで盛り上がる女芸人』みたいな」


「あー、いいかも」


「いいよね」


私は、静かに聞きながら、グラスを磨いていた。


「あとさ」小柄な方が続けた。


「うん」


「この前、実家帰ったら、母親に褒められたの」


「何?」


「『最近、肌きれいになったね』って」


「お母さん、優しい」


「優しいでしょ。で、私、『芸人になってから、美容頑張ってるんだ』って言ったら」


「言ったら?」


「『それはいいことね。女の子は、やっぱり綺麗な方がいいわ』って」


「いいお母さんだね」


「でしょ。で、私、『芸人でも綺麗でいられるよ』って言ったら」


「言ったら?」


「『当たり前よ。むしろ、人前に出る仕事なんだから、綺麗にしてた方がいいわ』って」


「その通りだね」


背の高い方が、大きく頷いた。


「私も、この前、親戚の集まりで、おじさんに言われたよ」


「何?」


「『芸人って、大変でしょ』って」


「大変だよね」


「でしょ。で、私、『大変ですけど、楽しいです』って言ったら」


「言ったら?」


「『それが一番大事だね』って」


「いいおじさんじゃん」


「そう。で、私、『応援してくださいね』って言ったら」


「言ったら?」


「『もちろん。テレビで見たら、自慢するよ』って」


「優しい」


「優しいでしょ」


健太が、じっと二人を見ている。


私も、手を止めて聞いていた。


「でもさ」小柄な方が言った。


「うん」


「やっぱり、女芸人って、ネタの種類が限られる感じはあるよね」


「あるある」


「美容か、恋愛か、ダイエットか」


「でも、それって、私たちが一番語れることだからいいんじゃない?」


「そうだね」


「得意分野で勝負」


「そうそう」


二人は、また笑った。


「あのさ」背の高い方が言った。


「うん」


「私たち、いつか『女芸人』じゃなくて、ただの『芸人』って呼ばれるようになるかな」


「え?」


「だって、男芸人のこと、『男芸人』って呼ばないじゃん」


「あー、確かに」


「でも、まあ、どっちでもいいかなって最近思うんだ」


「どういうこと?」


「『女芸人』って呼ばれても、面白ければいいんじゃないかって」


「そうだね」


「面白いのが一番」


「そうそう」


二人は、ノートを取り出した。


「じゃあ、次のネタ、考えよう」


「うん」


「マッチングアプリの話、使う?」


「使う使う」


「で、オチは?」


「オチは」背の高い方が考えた。「結局、その人と付き合わなかったんだけど、スキンケアの知識だけもらった、みたいな」


「あー、いいね」


「得したのか、損したのか分からない感じ」


「いいよ、それ」


二人は、ノートに書き始めた。


私は、新しいコーヒーを淹れた。


健太が、小声で言った。


「マスター、楽しそうですね」


「そうだな」


「仕事、楽しいんですね」


「みたいだな」


時間が過ぎていく。


二人は、時々笑いながら、ノートに書き込んでいる。


やがて、夕方になった。


「あ、もうこんな時間」


「やばい、次の打ち合わせ」


二人は慌てて立ち上がった。


「お会計お願いします」


「はい」


会計をしながら、背の高い方が言った。


「すみません、長居しちゃって」


「いえいえ」


「ここ、落ち着きますね」


「ありがとうございます」


「また来てもいいですか?」


「もちろん。いつでもどうぞ」


「ありがとうございます」


二人は、嬉しそうに帰っていった。


健太が言った。


「マスター、あの人たち、テレビで見たことある気がします」


「そうか?」


「はい。なんか、見覚えが」


「そうかもしれないな」


私は、窓の外を見た。


二人の後ろ姿が、夕日に照らされている。


女芸人。


大変なこともあるだろうけど、楽しそうだ。


好きなことを仕事にしている。


それは、素敵なことだと思った。


日曜日の午後。


女芸人が、この店を通り過ぎていった。


笑いながら、前を向いて。


私は静かに、コーヒーを一口飲んだ。


健太が、テーブルを拭いている。


「マスター」


「ん?」


「僕も、好きなことを仕事にしたいです」


「そうか」


「はい。この店が好きです」


「ありがとう」


窓の外を見ると、夕日が沈みかけていた。


また一週間が終わる。


『コーヒーハウス 雨宮』


色んな人が来て、色んな話をする。


笑いも、喜びも、希望も。


全部、この店に残っていく。


それが、この店の物語だ。


日曜日の夕方。


また新しい一週間が、始まろうとしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ