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土曜日の新メニュー

# 土曜日の新メニュー


土曜日の朝十時。私は健太を呼び、二人で、カウンターに並べた五つのカップを見つめていた。


「これ、全部新メニューなんですか?」


「ああ。今日、試してみようと思って」


「五つも?」


「やりすぎたかな」


健太は笑った。


一つ目は、カフェオレ。うちは今までブラックコーヒーしか出していなかった。


二つ目は、アイスコーヒー。夏場だけだったのを、通年にしようと思っている。


三つ目は、ウインナーコーヒー。生クリームを浮かべたやつだ。


四つ目は、キャラメルマキアート。これは少し冒険だ。


五つ目は、抹茶ラテ。コーヒーじゃないが、試してみたかった。


「どれから試します?」健太が尋ねた。


「全部飲んでみるか」


「全部?」


「ああ。お前も付き合え」


「はい」


二人で、一つずつ飲み始めた。


その時、ドアベルが鳴った。


入ってきたのは、常連の笹木さんだ。


「おはよう。あら、何してるの?」


「新メニューの試作です」


「新メニュー?」笹木さんが目を輝かせた。


「ええ。良かったら、意見聞かせてもらえませんか?」


「もちろん」


笹木さんもカウンターに座った。


「じゃあ、まずこれ」私はカフェオレを出した。


「カフェオレね」


笹木さんは一口飲んで、少し首を傾げた。


「うーん、悪くないけど」


「けど?」


「ちょっと甘く感じるかも」


「そうですか」


「もう少しコーヒーを強くしたほうがいいわ」


「なるほど」


健太がメモを取っている。


「次、これ」私はウインナーコーヒーを出した。


「あら、懐かしい」


「懐かしい?」


「昔、よく飲んだわよ。川崎さんの時代に」


「え、うちでウインナーコーヒー出してたんですか?」


「出してたわよ。知らなかったの?」


「全然」


私は驚いた。川崎さん、そんなこと言ってなかったぞ。


「でも、あまり注文する人がいなくて、いつの間にか消えたのよ」


「そうだったんですか」


「味は、川崎さんのほうが美味しかったわね」


「厳しい」


笹木さんは笑った。


「でも、悪くないわよ。もう少し生クリームを増やしたら?」


「分かりました」


その時、またドアベルが鳴った。


吉村さんだ。


「よう。おお、なんか並んでるね」


「新メニューの試作中です」


「マジで? 俺も試していい?」


「どうぞ」


吉村さんもカウンターに座った。


「じゃあ、これ」私はキャラメルマキアートを出した。


「おお、お洒落じゃん」


吉村さんは一口飲んで、目を丸くした。


「うまい」


「本当ですか?」


「うまいよ。これ、メニューに入れるべき」


「そうですか」


「でも」吉村さんは考えた。「この店の雰囲気に合うかな」


「合わない?」


「うーん、ちょっとスタバっぽいというか」


「確かに」笹木さんが頷いた。


私も少し考えた。確かに、うちの店には、ちょっと派手すぎるかもしれない。


「でも、若い人は喜ぶんじゃない?」健太が言った。


「そうだな」吉村さんが頷いた。


「難しいですね」私は頭を掻いた。


その時、またドアベルが鳴った。


入ってきたのは、先週来た大学生だ。


「あ、こんにちは」


「いらっしゃい」


「なんか、賑やかですね」


「新メニューの試作中なんです」


「新メニュー!」学生が興奮した。「試していいですか?」


「どうぞ」


学生もカウンターに座った。もうカウンターは満席だ。


「じゃあ、これ」私は抹茶ラテを出した。


「抹茶ラテ? コーヒーじゃないんですね」


「ええ。冒険してみました」


学生は一口飲んで、首を傾げた。


「うーん」


「どうです?」


「美味しいですけど、なんか違う気がします」


「違う?」


「はい。抹茶ラテなら、他の店でも飲めるというか」


「なるほど」


「この店でしか飲めないもののほうがいいんじゃないですか?」


私はハッとした。


「そうだな」


「そうよ」笹木さんが言った。「この店らしいものがいいわ」


「この店らしいもの」


私は考え込んだ。


「マスター」健太が言った。


「ん?」


「川崎さんのレシピノート、まだありますよね」


「ああ、あるけど」


「見てみたらどうですか? 何かヒントがあるかもしれません」


「そうだな」


私は棚から、川崎さんの古いノートを取り出した。


五人でノートを覗き込む。


「わあ、すごい」学生が感嘆の声を上げた。


「几帳面な字ね」笹木さんが言った。


ノートをめくっていくと、色々なレシピが書いてあった。


ブレンドの配合。


焙煎の温度。


抽出時間。


そして、ページの最後に、小さな字でこう書いてあった。


『雨宮ブレンド。妻の好きだった味』


「雨宮ブレンド」私は声に出して読んだ。


「お店の名前、そして奥さんの名前ね」笹木さんが言った。


「これ、作ってみたらどうですか?」健太が言った。


「でも、配合が書いてないぞ」


「あ、本当だ」


でも、その下に、小さく走り書きがあった。


『甘く、でも少し苦い。人生のように』


「詩的だな」吉村さんが笑った。


「でも、これだけじゃ分からないですよ」健太が言った。


「いや」私は考えた。「分かるかもしれない」


「分かるんですか?」


「甘く、でも少し苦い。多分、浅煎りと深煎りを混ぜるんだ」


「なるほど」


「ちょっと待ってろ」


私は豆を取り出し、配合を考えながら挽き始めた。


浅煎りのモカを六割。


深煎りのマンデリンを四割。


丁寧にドリップする。


出来上がったコーヒーを、五つのカップに注いだ。


「どうぞ」


五人で、一斉に飲んだ。


「美味しい」笹木さんが最初に言った。


「うん、これいいよ」吉村さんが頷いた。


「すごい、バランスがいいです」学生が言った。


「マスター、これですよ」健太が興奮している。


私も飲んでみた。


確かに、甘い。でも、後味に少し苦みが残る。


これが、川崎さんの奥さんの好きだった味なのかもしれない。


「これ、新メニューにしましょう」健太が言った。


「そうだな」


「名前は?」吉村さんが尋ねた。


「雨宮ブレンドで」


「いいわね」笹木さんが微笑んだ。


「でも、これ」学生が言った。「期間限定とかじゃなくて、定番にしたほうがいいんじゃないですか?」


「定番?」


「はい。この店の、もう一つの顔として」


「なるほど」


私は考えた。


いつものブレンドと、雨宮ブレンド。


二つあってもいいかもしれない。


「じゃあ、そうします」


「やった」健太が嬉しそうに言った。


五人でまた、雨宮ブレンドを飲んだ。


「でも」笹木さんがふと言った。「他の新メニューはどうするの?」


「ああ」私は苦笑した。「忘れてた」


「カフェオレとか」


「どうしましょうかね」


「まあ、急がなくてもいいんじゃない?」吉村さんが言った。


「そうですね」


「今日は、雨宮ブレンドが生まれた。それで十分よ」笹木さんが言った。


「そうだな」


私は笑った。


五つも新メニューを考えたのに、結局一つだけ。


でも、それが一番大切なものだった。


川崎さんの、奥さんへの想い。


それを受け継いだメニュー。


「マスター」健太が言った。


「ん?」


「明日から、僕、雨宮ブレンド淹れられるようになりたいです」


「ああ、教えるよ」


「ありがとうございます」


やがて、笹木さんと吉村さんと学生は帰っていった。


店内には、私と健太だけが残った。


「マスター」


「ん?」


「今日、楽しかったです」


「そうか」


「こういうのも、いいですね」


「ああ」


私は笑った。


新メニュー祭り。


結局、一つしか完成しなかったけど。


でも、それでいい。


大切なのは、数じゃない。


想いだ。


土曜日の朝。


この店に、新しいメニューが生まれた。


『雨宮ブレンド』


川崎さんと、その奥さんの物語を繋ぐ、コーヒー。


そんなものが、この店にはある。


私は健太と二人で、もう一度雨宮ブレンドを淋れた。


「美味しいですね」


「ああ」


「きっと、奥さんも喜んでますよ」


「そうかな」


「そうですよ」


健太は笑った。


私も笑った。


窓から差し込む朝日が、カウンターを照らしている。


いい一日になりそうだ。


そう思いながら、私はゆっくりとコーヒーを飲んだ。


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