日曜日の資格
# 日曜日の資格
六月の日曜日。
雨は夜のうちに上がっていて、朝から蒸し暑い。
店を開ける前に豆を挽いた。音が店に満ちて、それからまた静かになった。
健太が来たのは十時少し前だった。
エプロンをつけながら、「おはようございます」と言って、それからすぐ「マスター、資格ってあるんですか」と言った。
挨拶と質問が一緒になっていた。
「なんの話ですか」
「学校の友達が調理師免許を取りたいって言ってて。それで気になったんです。喫茶店をやるのにも、何か要るのかなって」
「食品衛生責任者は要ります」
「えっ、それって難しいんですか」
「講習を受ければ取れます。一日で」
「一日で」
健太が少し拍子抜けした顔をした。
「調理師免許じゃないんですか」
「調理師免許がなくても、飲食店は開けます。食品衛生責任者と、あとは防火管理者が必要な規模もある」
「防火管理者」
「収容人数が三十人以上になると要ります」
健太が店内を見回した。
「この店、ギリギリですかね」
「この店は不要です」
「マスター、両方持ってるんですか」
「持ってます」
「かっこいい」
かっこいいかどうかはわからないけれど、とは言わなかった。
しばらくして、健太がスマホを取り出した。
「じゃあ調理師免許って、どういう人が取るんですか」
「専門的にやりたい人や、就職のために取る人が多いと思います」
「ふうん」
健太がスマホで何か調べ始めた。しばらく画面を見ていた。
「マスター、栄養士も別の資格なんですね」
「別です」
「栄養士は大学か専門学校を出ないといけない。調理師は実務経験二年で試験を受けられる。管理栄養士はさらにその上……か」
「そうです」
「じゃあ料理を作るのと、栄養を考えるのは、別の仕事として分かれてるんですね」
「分かれてます」
健太がまたスマホを見た。
「あ、これ面白いな。飲食以外にも資格がいる店って、けっこうあるんですね」
「何がありましたか」
「古物商。リサイクルショップとか、フリマで継続的に売るなら要るらしいです。警察署に申請する」
「へえ」と私は言った。
「あと、ペットショップ。動物取扱業の登録が要る。爬虫類とかも対象で、都道府県に届ける」
「そうですか」
「マッサージ店は、あん摩マッサージ指圧師の資格がないと『マッサージ』って名乗れない。でも『もみほぐし』とかは別の扱いで……なんか紛らわしいですね」
「紛らわしいですね」
健太がスマホを置いた。
「酒屋さんも要るんですよね」
「酒類販売業免許が要ります。税務署です」
「税務署」
「警察、保健所、税務署、都道府県。申請先がバラバラなんです」
「それは大変」
健太がエプロンを直しながら言った。
「じゃあお店って、開けるだけで色々やることがあるんですね」
「開ける前から、あります」
「マスターはそういうのやったんですか」
「やりました」
「一人で?」
「やり方は教わりましたけど、基本は一人で」
健太がしばらく黙った。
それから「すごい」と言った。
小さい声だったので、私は聞こえなかったふりをした。
昼前になって、ドアベルが鳴った。
常連ではない顔だったので、健太はメニューを持って近づいた。
私はコーヒーの準備を始めた。
豆を挽く音。それからお湯を沸かす音。
開ける前から、ある。資格も、仕込みも、掃除も、豆の発注も。表に出ないものが、店の大半を占めている。それはたぶん、どの店も同じだと思う。
本当のところはわからないけれど。




