金曜日のレベルアップ
前日の客が連続で来た話です。長くなって2日になったのはこっちの都合。
# 金曜日のレベルアップ
金曜の昼過ぎだった。
曇っていた。梅雨らしい空に戻っていた。窓の外が白く霞んでいた。
ドアベルが鳴って、昨日の二人が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
二人がテーブル席に座った。ブレンドを二つ頼んだ。
「ゲームって、ご都合主義が多いじゃないですか」と一人が言った。コーヒーを受け取りながら。
「まあ」
「ある程度は仕方ないと思ってる。でも気になることがいくつかあって」
「まず味方の攻撃が敵にしか当たらないこと」
「ああ」
「普通に考えたら巻き込みますよね。魔法とか、爆発系の攻撃とか」
「巻き込みますね、物理的には」
「でもゲームだと味方には当たらない。なぜか」
「システムが複雑になりすぎるからじゃないですか。味方への誤射が起きると、難易度の計算が全部変わる」
「そうだと思う。あとプレイヤーのストレスの問題もある。味方を巻き込んだら普通に嫌だから」
「遊びにくくなる」
「そう。でも一応、リアリティを保つために一部のゲームはフレンドリーファイアを入れてる。難易度が上がるし、プレイヤーを選ぶけど」
「ああ、そういう設定があるゲームもありますね」
「現実に寄せると難しくなる。だから普通は切る」
もう一人がカップを持ち上げた。
「あとレベルアップが気になる」
「レベル」
「ゲームのレベル。経験値が溜まると突然強くなるやつ。あれって現実の成長と全然違うじゃないですか。本当なら少しずつ上達するはずなのに、ある瞬間に数値が変わって一気に強くなる」
「量子力学みたいって言おうとしてましたか」
「そう。離散的な変化。連続じゃなくて段階的に跳び上がる」
「誰が最初に言ったんですかね、あのシステム」
「調べたらアメリカ発祥らしくて。英語でlevel upって言うから、英語として間違いではない。でも成長を表すならgrowthとかの方が実態に近い気がする」
「levelは水平面の意味だから、上がるというより段が変わる感じですね」
「そうそう。階段みたいなイメージ。それがゲームの感覚とは合ってる。でも現実の成長は階段じゃないから」
「扱いやすさだと思います。数値で管理できると、強さが可視化されてわかりやすい」
「それはそうですね。成長をグラフにしたら滑らかな曲線になるはずだけど、それをゲームに入れるのは難しい」
一人がコーヒーを飲んだ。
「あと、剣で切られたり銃で撃たれたりしても死なないこと」
「それは気になりますね」
「主人公クラスになると弾丸を肉体で弾いたりする。タンパク質でできてる筋肉が弾丸より硬くなるのは、どう考えても物理法則に反してる」
「一応、闘気とか不思議なエネルギーをまとうという設定で説明しているものもありますね」
「あれは正直な設定だと思う。説明できないから別の何かで包む」
「そうしないと破綻するから」
「でも漫画はそのまま切り傷だらけで戦ってたりする。出血したまま、腕が切れたまま戦う主人公とか」
「ありますね」
「自分だったら親指を突き指しただけで戦意喪失する」
私は少し笑いをこらえた。
「盛り上がるためには仕方ないのかもしれないですね」
「仕方ない。それはわかってる。でも考えてしまう」
「現実に寄せると話が終わるから」
「そう。リアルな戦闘を描いたら、ほとんどの主人公は序盤で退場する。盛り上げるための嘘が必要で、その嘘の範囲をどこに設定するかが作品によって違う」
「わかりやすい嘘と、隠した嘘がある」
「うまいこと言いますね」と一人が言った。「弾丸を弾くのは見えてる嘘で、味方への誤射がないのは気づかせない嘘」
「そうかもしれません」
二人がコーヒーを飲み終えた。
「すっきりした」と一人が言った。「二日かかったけど」
「話すと整理されますね」
「される。答えは出てないけど」
「答えは出なくていいんじゃないですか」
「うんうん」と一人が言った。「考えたこと自体が面白かったから」
二人が立ち上がった。伝票を持って、カウンターに来た。
「ゼットンの一兆度の話から、突き指で戦意喪失まで来た」
「長い旅でしたね」
「また来ます。次は別の話を」
「どうぞ」
ドアが閉まった。
わかりやすい嘘と、隠した嘘。コーヒーにも似たようなことがある。苦みは本来えぐみで、体には毒に近い成分だが、焙煎と抽出の加減で飲めるものにする。嘘というより、調整だが。どこまでが嘘でどこからが本当か、飲んでいる人には関係ない話かもしれなかった。美味しければいい。わからないけれど。




