木曜日のゼットン
こういう話が書いてていちばん楽しい。
# 木曜日のゼットン
木曜の昼過ぎだった。
雲が多かった。梅雨に戻ったような空だった。蒸し暑さが続いていた。
男性が二人、入ってきた。四十代くらいだった。仕事終わりという感じではなく、休みの日に出てきた感じだった。テーブル席に座って、ブレンドを二つ頼んだ。
コーヒーを持っていくと、すでに何か話していた。
「昔さ、フィクションの内容を真面目に科学するやつあったじゃないですか」
「あったあった」
「本になってたやつ。ゼットンの一兆度の炎が実際に出たらどうなるかとか」
「ゼットンか」
「一兆度ですよ。太陽の表面温度が六千度くらいで、中心が一千五百万度くらい。一兆度って、もう」
「どうなるんでしたっけ」
「そこまで覚えてないけど、地球どころじゃないですよ。太陽系ごと消えてもおかしくない温度で。あと空間そのものがおかしくなるとか読んだ気がする」
「素粒子が溶けるとか」
「そういう話だったと思う。クォーク・グルーオンプラズマとか。物質が物質として存在できなくなる温度」
「そんな敵を倒したウルトラマンが凄いというか」
「倒してないですよ。負けてますから」
「あ、そうか」
二人が少し笑った。
「タケコプターの話もあって」
「タケコプター」
「そうそう。あれで実際に飛んだら首がどうなるかって」
「どうなるんですか」
「首がもげる、という結論だったと思う。体重を支えるには頭に付いた小さなプロペラじゃ足りなくて、仮に揚力が出ても、その力は全部首にかかるから」
「最初は腰に付けてたような」
「そうそう、第一話はそれがオチになっている」
「首がもげることを想定していたのかも」
「いやまさか」
私はコーヒーのお代わりを聞いた。二人とも首を振った。
「現代だったら何があるかな、そういうの」
「異世界転生でしょう。多いし」
「転生は科学できるのかな」
「できそうでできない気がする」と一人が言った。「転生って、魂なのか脳なのかって問題があって」
「どういうこと」
「記憶や人格が転生するとして、それが魂というふわっとしたものなのか、脳みそという物質なのかで話が変わってくる。脳みそだとしたら、前の世界で使った年数分だけ、転生先の肉体より早く老化が来るはずで」
「ああ、脳の劣化が先に来る」
「そう。二十歳の体に四十年分使った脳が入ってたら、脳だけ先に老ける」
「じゃあ記憶媒体みたいな感じか」
「そのイメージが近い気がする。データだけ移植して、ハードは新品、みたいな」
「でも転生ものって、だいたい肉体以外が再利用される感じだよね」
「そう。知識とか記憶とか、前の世界のものをそのまま持っていく。なんか都合よくちょっと知ってる世界観になることも多いし」
「なんでだろう、あれ」
「書きやすいからだと思う。完全に知らない世界だと読者も作者も混乱するから、どこかで見たことある設定の方が入りやすい」
「科学的な理由じゃなくて、作りやすさか」
「そこは科学で説明できないと思う」と一人が笑った。「でも転生して科学の知識で無双するパターンは、脳みそが媒体なら、知識が残ってるのも一応説明できる」
「それを科学的と呼ぶのは」
「たしかに」
一人がコーヒーを飲んだ。
「転生が日本で受け入れられやすいのって、仏教の影響もあると思う。輪廻転生のイメージがもともとあるから」
「でも転生先が中世ヨーロッパみたいなところが多いよね」
「そこは仏教じゃなくて、憧れじゃないかな。騎士とか、魔法とか。日本の戦国時代に転生する話もあるけど、ヨーロッパ風の方が多い気がする」
「異国への憧れ」
「そういうことだと思う。日常から一番遠いところに行きたいんじゃないかな、転生もの読む人は」
「話がとっちらかってきたな」
「とっちらかってる」と一人が笑った。「ゲームの話しようと思ってたのに」
「ゲームの話」
「したいことがあって。でも長くなりそうだから、また明日にしようか」
「ここに来るの」
「明日も来ればいい」
二人が腰を上げた。
「ごちそうさまでした」
「またどうぞ」
ドアが閉まった。
一兆度の炎と、脳みその老化と、中世ヨーロッパへの憧れ。話があちこちに飛んでいたが、どこかで繋がっていた。知らない世界に行きたいけれど、どこかで見たことある世界がいい。遠すぎても近すぎても、落ち着かないのかもしれなかった。コーヒーも、まったく知らない豆より、少し知っている産地の方が頼みやすい。そういうことかもしれなかった。わからないけれど。




