日曜日のクイズ
分量を出しやすいクイズ回。
# 日曜日のクイズ
日曜の午後だった。
梅雨の晴れ間が続いていた。六月の終わりにしては光が強く、窓から差し込む日差しがカウンターの端まで届いていた。健太がアイスコーヒーの仕込みをしながら、何度も窓の外を見ていた。
「いい天気ですね」
「そうですね」
「こういう日に店にいるの、少しもったいない気がしますね」
「そうですか」
「そうですよ。マスターはもったいなくないですか」
「仕事ですから」
健太が少し考えてから、「そうか」と言った。納得したのかどうかはわからなかった。
三時を過ぎたころ、ドアベルが鳴った。
大学生が四人だった。男女混合で、リーダー格の男子が先に入ってきた。
「いらっしゃいませ」と健太が言った。
「こんにちは。また来ました」
リーダー格がカウンターを見た。マスターと目が合った。
「また来ましたよ」
「いらっしゃいませ」
「覚えてますか」
「クイズの方たちですね」
「そうです。今日こそ不正解させます」
四人がテーブル席に座った。健太が注文を取りに行った。アイスコーヒーが四つだった。
健太が戻ってきて、小声で言った。
「あの人たち、常連ですか」
「たまに来ます」
「クイズって言ってましたけど」
「マスターに問題を出すんですよ」と健太が聞こえていたのか、リーダー格が声を上げた。「このあいだ正解されたから、リベンジになります」
「マスター」と健太が言った。「クイズ強いんですか」
「強いんですよ、これが」
健太がこちらを見た。
「知りませんでした」
「たまたまです」
「たまたまじゃ答えられないですよ」とリーダー格が言った。
「すごい」と健太が素直に言った。「クイズ苦手なので」
「苦手ですか」
「全然わからなくなります。テレビでやってるの見ても、問題を読み終わる前にもう正解言ってる人いるじゃないですか。あれ、どうやってるんだろうって」
「引き出しの問題だと思います」とリーダー格が言った。「知ってるかどうかだけじゃなくて、引き出せるかどうかですね」
「引き出せる、か」
「好きですか、クイズ」
「好きです」と健太が迷わず答えた。「苦手だけど好きです」
リーダー格が少し笑った。
「それ、一番伸びるタイプですよ」
「そうですか」
「苦手で嫌いな人は伸びない。苦手で好きな人はいつか伸びる」
「なんか、いいこと言いますね」
「クイズの話なんですけどね」
アイスコーヒーを運んだ。四人がそれぞれ受け取った。
「じゃあ始めましょうか」とリーダー格が言った。「今日は三段階にしてきました」
「三段階」
「マスターを得意ジャンルで負かしてやろうとコーヒークイズを用意しました。最初は普通の問題。次に少し難しめの問題。、最後に絶対分からないだろう難問。どこまで正解できるかですね」
健太が目を輝かせた。
「見ていていいですか」
「どうぞ」
健太がカウンターの端に移動した。
「最初の問題です」とリーダー格が言った。「世界で最初にコーヒーを飲んだと言われている国はどこでしょう」
「エチオピアですね」
「早い。正解です」
健太が小さく「おお」と言った。
「次。コーヒーの木の原産地はエチオピアですが、最初に飲料として広めたのはどこの国でしょう」
「イエメンですね。アラビア半島で修道僧が使い始めたという話が残っています」
「正解です」
「マスター」と健太が言った。「コーヒーの歴史、詳しいんですね」
「仕事ですから」
「仕事では使わない知識だと思いますけど」
「次に行きましょう」とリーダー格が言った。「ここからやや難しめの問題です。スペシャルティコーヒーの評価に使われる、カッピングの国際基準スコアで、スペシャルティと認定されるのは百点満点で何点以上でしょう」
健太が「カッピング」と繰り返した。意味がわかっていない顔だった。
「八十点以上です」
「正解です」と女子学生の一人が言った。「まあ想定内でしたが」
「次」とリーダー格が続けた。「コーヒーの精製方法のうち、果肉を残したまま乾燥させる方法を何と言うでしょう」
「ナチュラル精製ですね」
「正解。では果肉を取り除いてから乾燥させる方法は」
「ウォッシュト精製です」
「正解。両者の中間、果肉の一部を残す方法は」
「ハニープロセスですね。残す果肉の量でイエロー、レッド、ブラックと分けることもあります」
女子学生が手元のメモに何か書いた。
「ここまでとは……さすがに想定外でした」と小声で言った。
「マスター」と健太が言った。「ハニープロセスって何ですか」
「蜂蜜は使わないですよ」
「使わないんですか」
「果肉の粘液質がはちみつみたいにねばねばしているので、そう呼ばれているだけです」
「へえ」と健太が言った。「名前がかわいいですね」
「かわいいですか」
「かわいいと思います。ハニーって」
リーダー格が笑いをこらえながら続けた。
「では難問に移ります。コーヒーの生豆に含まれるクロロゲン酸は、焙煎によって分解されます。分解後に生成される、苦みと深みに関わる二つの物質を両方答えてください」
カウンターが少し静かになった。
健太が「クロ……」と呟いた。まったくわからない顔だった。
「キナ酸と、カフェ酸ですね。正確にはクロロゲン酸の分解経路は複数あって、ラクトン類も生成されます。焙煎の苦みに関わるのは主にクロロゲン酸ラクトンです」
テーブルが静かになった。
「答えは合ってます」とリーダー格がゆっくり言った。「ラクトンまでは想定していませんでした」
「それは答えすぎましたか」
「答えすぎです。正解を超えてきた」
「じゃあ正解で」
女子学生が「なんなんですか」と言った。笑っていた。
「店員さんはわかりました?」ともう一人の男子学生が聞いた。
「全然わかりませんでした」と健太が言った。「クロロゲンってなんですか」
「コーヒーの成分です」
「コーヒー屋なのに知らなくてすみません」
「いいんじゃないですか」とリーダー格が言った。「マスターが知ってれば」
「そうですね」と健太が言った。「そういう分業があるのか」
「分業というか」
「マスターが詳しいから、店員が詳しくなくても店が回る。分業だ」
「いや、ここまでの知識は不要だと思いますよ」
しばらくして、四人が席を立った。
「また来ます」とリーダー格が言った。「もっと難しいやつを考えてきます」
「どうぞ」
「絶対不正解させます」
「楽しみにしています」
リーダー格が少し笑って出ていった。残り三人も続いた。
ドアが閉まった。
健太がグラスを洗いながら言った。
「マスター、クロロゲン酸って、いつ覚えたんですか」
「さあ。ずいぶん前だと思います」
「勉強したんですか、コーヒーのこと」
「はじめのうちは。今でも調べることはありますよ」
「今でも調べるんですか」
「知らないことはまだたくさんありますから」
健太がグラスを拭きながら、少し考えていた。
「クイズ苦手だけど、コーヒーのことなら少しずつ覚えていけますかね」
「そうですね」
「マスターみたいになれるかはわからないですけど」
「なる必要はありません」
「でも少しくらいは」
健太がグラスを棚に戻した。また窓の外を見た。光はさっきより少し傾いていた。
苦手で好きな人はいつか伸びる、とリーダー格が言っていた。クイズの話だったが、何にでも当てはまるかもしれなかった。健太がコーヒーを好きかどうかは、聞いたことがなかった。でも聞かなくてもわかるような気が、なんとなくしていた。




