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土曜日の長袖

100回記念です。

ありがとうございます。

# 土曜日の長袖


 土曜の昼過ぎだった。


 梅雨の晴れ間だった。朝から雲が少なく、六月にしては強い日差しが続いていた。窓から光が差し込んで、カウンターの端が白く光った。蒸し暑さはあるが、風が少しあった。


 客は女性が二人。三十代くらいだった。テーブル席に座って、アイスコーヒーを頼んだ。買い物の帰りらしく、袋を足元に置いていた。一人が白っぽい長袖のシャツを着ていた。六月にしては珍しい格好だった。


「それ、暑くないですか」


 もう一人が言った。ノースリーブだった。


「これが涼しいんですよ」


「長袖が」


「そう。着た方が涼しい、っていうやつ。UVカットで、熱を遮断するから」


「それ、本当に涼しいんですか。半袖より涼しいとは思えなくて」


 私はアイスコーヒーをグラスに注いだ。氷が音を立てた。


「理屈はわかるんですよ」と長袖の方が言った。「直射日光を皮膚に当てないから、肌が温まらない。それで涼しく感じる」


「でも空気が暑ければ関係ない気がする」


「日陰と日なたの差と同じで。日陰に入ると涼しいのは、日光が当たらないから。服で日光を遮断するのも、原理は同じ」


「日陰に入ってるのと同じ」


「そういう考え方」


 もう一人が少し考える顔をした。


「じゃあなんで涼しく感じない人がいるんですか。私も一回試したんですけど、全然わからなくて」


「素材と色と、あとサイズ感だと思う」


「サイズ感」


「ぴったりしたやつだと涼しくならない。肌に密着すると熱がこもるから。ゆったりしたやつの方がいい。風が通るくらいの余裕がないと」


「それは知らなかった」


「あとは色。白とか薄い色の方が熱を反射する。濃い色は熱を吸収するから、紺とか黒のやつだと涼しくなりにくい。遮熱素材でも色が濃いと効果が半減する」


 グラスを持っていくと、二人が少し会話を止めた。


「ありがとうございます」


「どうぞ」


 私はカウンターに戻った。


「あと素材も大事で」ともう一人が言った。「接触冷感と遮熱は別の機能なんですよ」


「どう違うんですか」


「接触冷感は触れた瞬間ひんやりする感じのやつ。熱を素早く逃がす素材で、着た瞬間は涼しいけど、体温と釣り合ったら終わり。長続きしない」


「最初だけ」


「最初だけ。遮熱は日光を反射する加工がしてあるやつで、外からの熱を通さない。これは日光が当たり続ける場面で効く。屋外向き」


「じゃあ室内では意味がない」


「室内では遮熱はあまり関係ない。接触冷感の方が効く」


「それって、どこで着るかで選ぶんですか」


「そう。屋外をたくさん歩くなら遮熱、電車や室内が多いなら接触冷感」


 もう一人がアイスコーヒーを一口飲んだ。


「一個で両方できるやつはないんですか」


「あるにはあるんだけど、どっちかに振ってることが多い。完全に両立は難しいのかも」


「両立が難しいのか」


「素材の方向性が少し違うから。遮熱は表面で熱を弾く、接触冷感は内側で熱を逃がす。両方同時にやろうとすると、それぞれが中途半端になりやすい」


「難しいですね」


「難しい。だからアウトドア系のブランドはだいたい遮熱寄りで、ユニクロとかは接触冷感に振ってる感じがする」


「エアリズムは接触冷感ですか」


「インナーはそっち寄り。ただユニクロのUVカットロングスリーブは遮熱も少し意識してて、軽くてゆったりしてるから屋外でも使える。私が今着てるのもそれ」


「ユニクロか」


「あとワークマンが最近すごくて。イージスとか、アームカバーとか。値段が安くて機能が高い。色が作業着っぽいのが難点だけど、最近は薄い色も出てきた」


「ワークマン、行ったことない」


「行ってみるといいですよ。品質に対して値段がおかしいから」


 もう一人が少し笑った。


「他には」


「アウトドア系だとモンベルとか、コロンビアとか。サンバリアというブランドは日傘が有名だけど、服も出してる。ちゃんとしたやつは値段も上がるけど、その分素材が違う。モンベルのWIC素材とかは吸汗速乾と遮熱を組み合わせていて、山だけじゃなくて普段使いにもなる」


「モンベル、登山のイメージしかなかった」


「登山のイメージで敬遠してたけど、普通に街で着られる。デザインも最近は悪くない」


「今日みたいな晴れた日に長袖を着てる人って、アウトドアの人か変わった人かと思ってたけど」


「そういう目で見られてるのはわかってますよ」


 二人が少し笑った。


「でもでも本当に涼しいんですか」


「今日みたいな日差しの強い日はわかる。日当たりのいい席に座ってる方が暑くなるでしょう」


「それはそう」


「屋外を歩いてきたけど、あなたより涼しかったと思いますよ。断言はできないけど」


「断言はできないのか」


「主観の話だから」


 もう一人が少し首を傾けた。


「試してみようかな。ゆったりした、白っぽいやつを」


「それが正解だと思う。ぴったりしたやつを買って、涼しくなかったって言う人が多いと思うから」


「サイズを大きめに買う」


「一サイズ上くらいでいい。ぴったりは意味がないから」


 二人はしばらく話してから、立ち上がった。


「ごちそうさまでした」


「またどうぞ」


 ドアが閉まった。日差しはまだ続いていた。


 私はカウンターで考えた。長袖の方が涼しい、ということを、頭ではわかっていても試したことがなかった。日光を遮断するという原理は砂漠の民族の服装と同じで、理にかなっている。それでも半袖の方が涼しいと思い込んでいるのは、長年の習慣かもしれない。思い込みを崩すには、一度試してみるしかない。ゆったりした白いやつを、と思ったが、どこで買えばいいかはまだ考えていなかった。


今度ともよろしくお願いします。

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