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三者三様

 あれから暫くして気持ちも落ち着いた頃、俺は姉貴に少し訊ねてみたい事があったので、気持ちをフラットにして俺は問いかけた。

「あの脇山ってヤツと、なんで二人っきりで文化祭回ってたんだ」

 うん、自然に言えた。そこに嫉妬はなかったと思う。

「あ、えっと……、色々あったんだけど、かいつまんで説明すると、あたしと脇山くん、文化祭の班で一緒になったんだよ。それで文化祭の準備とかの仕事、良く一緒にやることになって、その時に脇山君が文化祭一緒に見て回ろうって誘ってくれて、かな」

 姉貴はさっきの告白の事を思い返してなのか、少し照れながら経緯を説明してくれた。


 なるほど、推察するに脇山は多分、ずっと前から姉貴に気があったんだろう。

 それでこの文化祭のイベントを機に距離を詰めようとしてって所かな。

 多分、それなりに雰囲気を作ってから告白するつもりだったんだろうが、あの『入ったら出られない部屋』のアクシデントで告白せざるを得なくなったって感じだろうか。

「じゃあ、それで蘭さん達のいつもの三人組で行動できなくなったってことか?」

「あー……、それも要因の一つ、だったかもしれないね」

「なんだ、そりゃ? まさか、三人喧嘩中とか?」

「なわけないじゃん。そんじょそこらの男子の友情より、あたしらの友情は硬いんだぜ」

 ……それは、まぁ分かる。

 この三人は、過去に月島さんの家庭問題とかで色々あって、かなり仲が深まっている。親友って感じがする。

「脇山君があたしを誘うのは、なんかクラスの子みんな了承してた感じでさ、今だから言えるけど、もしかしたら脇山くんの気持ちを知ってて、あたしと二人きりにしやすいようにしてたのかも」

「……クラスぐるみの計画かよ」

「いやあ、文化祭ってどうしても恋愛の話題がでちゃうんだよ。……どこでもカップルが出来上がっててさ。なんか、空気的に、ね」

 なるほど、確かに姉貴たちの高校文化祭はこれが最初で最後だし、色々と思惑が交錯するのだろう。

「それに、あたしだけじゃなくて蘭は美少女コンテストに出場することになっちゃったし……」

「そ、そうだよ! なんでそんな一大イベントを教えてくれないんだ!」

 言ってくれていれば、事前に蘭さんと詳細な話ができたってのに。

 とは言え、先ほどの林原の言葉も気になっていた。


 ――無理やり出場させられたんじゃないか――。


「蘭さん、コンテストに出るの乗り気じゃないって月島さんが言ってたけど、なんで出場したんだ?」

「……蘭はさ、元々出場予定じゃなかったんだ。本当は別の子が出場する気で立候補してたんだけど、今朝になってその子風邪で休んじゃったんだよね」

「まさか、その代理で出るのか? 棄権でいいんじゃねえの?」

「あたしもそれでいいと思うんだけど、どういうわけか、その休んだ子が代理指名したのが蘭なんだよね、蘭ってそんな風に頼まれたら断れないからさ、結局出場することになっちゃったんだ」

「蘭さん、優しいもんなぁ。姉貴と違って」

 姉貴のむっとした顔から、素早いチョップが俺の首筋に当てられた。

 それ、アニメとかで相手を気絶させるワザのヤツだろ……。

 気を失いはしなかったが、フツーにどつかれて痛い。

「じゃあ、あの……月島さんは?」

 それまで黙っていた林原が姉貴に訊ねる。

 林原には、良く知らない人間の話だし、つまらなかっただろう。ちょっと置いてけぼりにしてしまったかもしれない。

 そんな俺の申し訳ない気持ちはどうも外れたらしく、林原は月島さんと蘭さんの事を割りと気にしているらしかった。


「麻衣は……、多分一歩退いたんだ」

 姉貴のその言葉は悲しげで、悔しさが少し滲んで聞こえた。

「どういう意味だ?」

「ダイは知ってると思うけど、麻衣ってさ家庭で色々あったろ」

 麻衣さんは、二年前に両親が離婚していて、どちらかの親についていくことを拒否した。

 その結果、今は一人暮らしをしている。

 そう聞いた。

「そういう家庭事情をさ、先生も知ってるんだよね。当たり前だけど。……で、やっぱり麻衣ってさ、目を付けられちゃってるんだ」

「あ?」

 姉貴の言っていることが飲み込めず、俺は首を傾げる。

 訊ねた林原本人も、なんとなく事情は分かったようではあるが、俺と同様に怪訝な表情をしていた。

「だからさ、学校側で麻衣は『問題児』として、マークされてんの」

 その姉貴の声は、はっきりと怒りと悔しさが見えていた。

 それは俺も同様だ。

 家庭の問題は麻衣さんの起因じゃない。

 麻衣さん本人はすごくいい人だ。

 頭だって良いし、礼節もしっかりしてる。

 ちょっと顔つきが鋭いからか、不良っぽい見た目とは思うが……それとこれとはちょっと話が違う。

「月島さんが、なんかやったってのか? マークって具体的に何されてんだ?」

 俺の声も、怒りが滲んでいた。

 勝手なレッテルを貼る教師に、学校に。


「文化祭ってやっぱり、ハメをはずしちゃうだろ。事実、今日は多少のことは大目に見てくれる日だ。だけど、麻衣にはそれが許されないんだ。何か少しでも火種があれば、教師が眼を光らせてつっこんでくる。だから、麻衣は文化祭中、大人しくするためにクラスの出し物の受付なんて地味な事をやってるんだよ」

「ざっけんなよ! 姉貴たちの文化祭って今年だけだろッ! それを殺して、大人しくするってのかよ!」

「わかってるわよ! でも、担任が麻衣を事務員にして、ずっと監視してる。麻衣も、それに従ってる。あたしらから動かそうとしたって、とめられちゃうんだ」

 なんで月島さんがそんな目に合わなくちゃいけないんだ。理不尽すぎるだろ。

 さっき会った月島さんは、大人しくして、みんなが浮かれる文化祭で、静かに淡々とクラスの業務をこなしていた。

 まさか、終りまでずっとあそこに座っているのだろうか。

 そんなのは、酷すぎる。


 ……そこで、俺は月島さんの進路の話を思い出した。

 そういえば、教師になりたいって言ってたんだ。

 こんな理不尽なことをする学校の教師に、月島さんはなりたいって言うのか?

 俺なら、教師に幻滅する……。自分を締め付けるような相手に、将来なりたいなんて思えない。

 月島さんの考えは俺には分からないけど、やはり月島さんは、誰よりも健気なのだと考えた。


「じゃあ、お姉さんたちは、意図的ではなく様々な作用でバラバラにされちゃったんですね」

「そういうこと……、せっかく最初で最後の文化祭なのになぁ」

 姉貴は、残念そうに吐き出して肩を落とす。


 そんな様子を見て、俺は姉貴を満足させてやりたくなった。

 好きな人の落ち込んだ顔は、みたくない。

 喜ばせて、大好きな笑顔をみていたい。

 青い純情が、俺のこぶしを強く握らせる。


「げ、元気だせよ。俺が二人の分も付き合ってやるし」

「えー。あんたじゃあの二人に足りないし」

「辛らつだなッ!」

「……でも、一人分にはなるかもね」

 そういって、姉貴はふわりとほころんだ。

 そして、林原にウィンクを飛ばし、「夢子ちゃんも一緒なら、二人分に届くかも」とピースだかブイサインだかを見せ付ける。

「……わ、私でよければ、いくらでもお供しますよ」

 林原もぎこちなく、姉貴のブイサインに返す様にピースしてみせる。

「ん! それじゃあ、ちょっとお腹が空いたし、なんか食べに行こう!」

 姉貴が先頭に立って歩き出す。

 俺と林原も、ひとつ眼を合わせてから小さく笑い合って、後ろに倣う。

 隣についた林原が、俺に聞こえるように小さく言った。


「……私、途中で見計らって帰るから、お姉さんと二人で、文化祭楽しんで」

「……はっ!? ……いや、そんな気を回す必要はねーよ……」

「……私の事なら、もう良いんだよ。本当に今日は十分なくらい楽しかったし」

 そういう林原の表情は柔らかく、その言葉に嘘は感じられない。

 林原には、打ち明けている以上、姉貴への想いを応援してのことだろう。

 先ほど、姉貴も言っていたが、文化祭は『そういう雰囲気』になりやすい。

 この文化祭の間に、姉貴への想いをなんらかの形で発散したいという気持ちは確かにある。

 その一つが、あの『告白』だったのだろうし……、俺はその応えを聞いていない。

 もちろん、あの告白に対して応えが貰えないのは分かっている。期待もしていない。


 だが、あの脇山の告白は――、姉貴に対して真っ直ぐ打ち明けた想いは――答えを貰えるのだ。

 それが羨ましい。例え、フラれるのだとしても、俺と脇山の決定的な差は埋められない。

 告白の回答が貰えない俺は、切なさで胸が締め付けられる。

 だからこそ、今は姉貴を喜ばせて、その笑顔を独占したいんだ。


「……林原、俺もお前と一緒にいられて、良かった」

「うん……。がんばってね、ダイくん」

「……おう。……つーかさ」

「ん?」

「お前、俺の呼び名、いつの間にダイくんになってたっけ」

「あっ、ごめんなさい! 大守くん……」

 林原が小さくなって、顔を落とす。

 そんな林原を見たくなかったし、今日はせめて俺の傍にいる人は、みんな笑顔でいさせたい。

 それにもう、今更感もあった。

「いいよ、ダイで」

「いいの……?」

「おう……それが良いってんなら……」

 かなり恥ずかしくて、口があまり広がらない。もごもごと口の中で言葉を繰り出すせいで、活舌が乱れる。

「……うん……。ありがとう……」

 林原も、顔を赤らめている事だし、おそらくおあいこ様だろう。

「あっ、じゃあ私の事も……お姉さんみたいに、夢子でいいですよっ……」

「すまん、それはムリ」

「…………ですかー…………」

 そんな恥ずかしい事、絶対できねえ。

 たとえ、姉貴が自分のコトをリカって呼んでと言ってきても、ムリだ。

 女を下の名前で呼ぶとか、マジ夫婦だろ。

 相思相愛っぽいだろ、恥ずいわぁっ!

「二人とも、どうしたのー?」

 姉貴が少し先で呼びかけてくる。

 どうも、このやり取りは聞かれていないようだ。ほっとした。

「今行くっつーの!」

 俺と林原は、少し駆け足で姉貴の所まで追いつく。


 俺たちは、適当に露店を見て回っていたが、姉貴がヤバイのを見つけた。

 ロシアンたこ焼きだ。

 たこ焼き六個の中のひとつが激辛ってヤツだが、姉貴が見つけたのは、逆だ。


 六個中一個のみ、ただのたこ焼きなのだ。

「勝者は一人いればいい」

 姉貴の理屈は理解できない。

「二個ずつ食べるなら、必然的にみんなハズレを食べるんですがそれは……」

 林原も引きつった笑みと共に、たこ焼きとは思えない香りのロシアンたこ焼きに、突っ込んだ。

「普通のたこ焼きを食べた人の勝ちね! 負けた人は勝った人にジュースを奢る!」

「……これ、ハズレの具材は何が入っているんだ?」

 においが色々と混じりすぎていてさっぱり分からない。

「えーと、具材一例……チョコレート、ひまわりの種、アロエ……」

「い、一応、食べられるものなんですね……」

「さあ、まずは一つ目だ! 二人とも、覚悟しろ」

 ……とりあえず、見た目はどれも普通のたこ焼きだから、直感で選ぶしかない。

 左の真ん中を選択し、俺は楊枝を突き立てた。


 カ チ ン !


 爪楊枝の先が、何やら硬度のある固形物にぶつかった。

「……選びなおしてもいい?」

 俺は嫌な予感を全力で感じて、二人に懇願するが、二人は同時に首を振る。

「これ、食えるやつだよな? 鉄板とか入ってないよな?」

「全部、人体に影響の無いものって書いてるから、大丈夫! では、実食~ゥ!!」

 恐る恐る口許へ持って行き、軽く冷まして一口でほおばる。

 姉貴も、林原も同様に口に入れる……。

 口の中にまず広がるのは、たこ焼きのソースと、皮生地の風味。

 そして、爪楊枝でつついたあの硬い物が歯に当たる。

 それを強めに噛み砕くと、さわやかなミントがスゥーっと、口の中に広がって、たこ焼きソースとまったくコラボしない。

 ……これは……ミントタブレットじゃねえか!

「喰えるけど……酷い味だ……」

「おなじく……あたしの中身、グミだった……多分グレープ味……マズい……」

 姉貴が若干顔を青ざめて、舌を突き出していた。

 多分、俺の顔も似たようなもんだっただろう。

「あ。私のもハズレです。タコじゃないけれど……これなんだろう、美味しいです」

 林原の具材はハズレながら、当たりだったようだ。

「なんだよ、それ……せめて具材を特定しろ! 不公平だ!」

 林原が思案しながら、口の中の味を確かめている。

 その態度から、本当に味は問題ないようだ。

 しばらく考えてから、林原が特定したらしい。

「分かりました。たぶん、これアボガドかな」

「あー、あたしアボガド好き。なんでも合うよね」

「そうですね。アボガドに醤油でトロの味になるって聞いた事があります……、なんだかちょっと違うけど、そんな感じの味です」

「あーそういや、最近寿司屋でアボガド寿司あるもんな……」

 変な豆知識が身についてしまったが、勝負としてはまだ決まってない。

 次のたこ焼きで勝負が決まるわけだ。

 なんとか普通のたこ焼きを喰って、御口直しと行きたいところ……。


 カ チ ン!


 二つ目のたこ焼きに爪楊枝を刺すと、今度もまた硬いものに当たった。

「……選び直しは……」

 二人は無言で首を振る……。

 くそう! もしかしたら、タコが冷凍から解凍されていないだけかもしれない! まだワンチャンある!

 俺は天の采配を信じ、たこ焼きをほおばった。


 ガリリ、と奥歯で固形物を噛み砕く……と、共に凄まじい苦味と臭みが口内から鼻腔まで駆け抜けるように広がった。

「み、みずぅっ!」

「おっ、ダイはハズレか~。激辛だった?」

「ちげえー! にげえんだよ! くせえんだよ! 正露丸だよ、コレぇー!?」

「あははは! よりによって、そんなの入れてるのに当たってやんのーっ!」

 姉貴がバカ笑いしている。その余裕から、姉貴が当たりを引いたらしい。

 林原は、「んー!」と涙目になって唇を赤くはらしているので、こっちが激辛だったんだろう。

「じゃあ、あたしの勝ちなので、二人ともジュースを奢るのだ」

「「み、みずー!」」

 姉貴の為に行くわけではなく、俺たち二人は揃って己のためにドリンクコーナーへダッシュするのだった。

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