特別になりたかったあたし
あたしの世界は、スマホ一つで完結する。
TikTok、インスタ、YouTube。
休み時間は必ずTikTokを撮って、毎日何かの動画をアップする。
友だちの絢香はあまりSNSに写りたがらないけど、芸能人みたいにかわいいから彼女が出るとバズる。
だからあたし含め同じグループの子たちは、よく絢香と一緒に動画を撮りたがった。
「ね、あとこれだけ。これ撮ったらやめるから」
「いっつもそう言ってやめないじゃん」
絢香が渋々付き合ってくれる。彼女はダンスが好きだから、ダンス動画だと乗ってくれやすい。
「よし!じゃあいくよ」
動画の録画ボタンを押す。絢香の表情が切り替わった。完璧な笑顔とダンスを始める。
あたしは彼女の空気の変化を見ると、心臓が昂る。なんとなくゾクッとして、無意識に口角が上がる。
あたしはこの感情の名前をまだ知らない。
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あたしたちはほとんどの学校帰りに渋谷や表参道に行って遊んで帰る。
絢香はダンスレッスン等で忙しいからあまり遊びに来ることはない。
でもその日は珍しく絢香から放課後遊ぼうと言われた。あたしたちは絢香のビジュが大好きだから、二つ返事でOKした。
「韓国に行くことになったんだよね」
絢香から聞いた話は、ドラマみたいだった。
通ってるダンススクールに韓国の有名な事務所の人が来て、絢香を公開オーディションにスカウトした。
そのオーディションで絢香は見事合格し、来年の3月に渡韓するらしい。
「黙っててごめん」
絢香が申し訳なさそうに頭を下げた。
胸の辺りが騒つく。絢香はかわいいしダンスもプロみたいにうまい。スカウトだって今回が初めてじゃない。
でも、絢香はもう"あたしたちの絢香"じゃ無くなる。
黒くてドロっとしたものが溢れ出す。あたしはこれを嫉妬だと思った。あたしにないものを持つ、選ばれた人間の絢香。
あたしが欲しくてたまらないものを持っている人。
「えー、まじですごいじゃん!デビューしたらサイン欲しいんだけど!」
「わかる、なんなら今からサイン欲しい」
友だちの1人が声を上げると、堰を切ったように皆んなが絢香をもてはやし始めた。
絢香は困ったように笑って、「まだサイン考えてないよ」と言っている。
絢香は才能もあるし努力もしている。だから褒められても天狗にならない。
ちくりちくりと胸が痛んだ。あたしは嫌な自分を悟られないように、皆んなに続いて笑顔で絢香を誉めた。
絢香が、すごく遠い人になってしまった気がした。
⸻
年が明けて、2月。絢香はあれからさらに忙しくなった。
普段のダンスレッスンやボイトレに加えて、韓国語の勉強に英会話の勉強、編入手続きや、高校の勉強も怠っていなかった。
絢香と動画を撮る時間も無くなった。絢香と喋ることができるのは昼のお弁当を食べてる時だけ。
そんな貴重な時間すら、よく知らない男子生徒の告白に奪われたりする。
あたしは、このぐちゃぐちゃした感情の輪郭が見え始めていた。
嫉妬はしてる。羨ましいと思う感情に飲み込まれる瞬間もある。
でも、あたしは間違いなく絢香が好きだ。だから、誰にも取られたくないと思っている。
この感情に名前はいらない。恋じゃないし、友情でもない。枠組みにはめる必要もないと思った。
放課後の薄暗くなった教室で、1人空を眺めた。担任と面談をしていた絢香がカバンを取りに教室に入ってくる。
「あれ、帰ってなかったの?」
「うん、待ってた」
薄く微笑むと、絢香が曖昧に笑った。申し訳なさそうな顔だ。彼女の微妙な表情の変化は、あたしが一番よくわかる。
「絢香と帰りたかったからさ。最近あんま喋れてなかったじゃん」
「あー、たしかに」
絢香は嬉しそうにありがとうと言った。あたしは頬が紅潮していくのに気がついた。
暗がりだから、きっと絢香には気付かれない。
「ほら、かえろ」
「うん」
荷物を持って立ち上がる。絢香も荷物を持って、小走りであたしに近付いた。
あと1ヶ月で絢香はいなくなる。絢香にとってあたしはきっとただの友だちAだから、もしかすると連絡は取れなくなるかもしれない。
それでもきっと、あたしは絢香が好きだ。絢香がデビューしたら絶対にコンサートに行くし、最前列で応援し続ける。
横に並んで歩く彼女の顔を見上げた。凛とした瞳と目が合って、あたしは満足気に笑った。




