ヒロインになれない私
私には、13年間片思いしている人がいる。
幼稚園の時から一緒だった彼とは中学で疎遠になってしまって、せっかく追いかけて入った高校でもあまり話せていない。
図書委員を終えて帰ろうと廊下を歩いていた時、オレンジ色の教室で1人座っている彼を見かけた。
私は勇気を振り絞って彼に声をかけた。
「田村くん、帰らないの?」
緊張しすぎて、声が上ずってしまった。彼がゆっくりこちらに振り返る。
「美咲じゃん。田村くんって、昔みたいに将人って呼べばいいのに」
彼は茶化すことなく言った。こういうまっすぐなところが、私はとても好きだ。
「もう帰るよ。お前も今帰り?」
「あ、う、うん。図書委員今終わったんだ」
「じゃあ一緒に帰らない?」
一瞬息をのんで、目を見開いた。
私の物語が、始まった。そう思った。
「う、うん!!帰る!」
⸻
夕日に染まる帰り道。彼が私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。
私は彼の横顔を眺めながら、高鳴る心臓を気取られないように深呼吸をした。
「あ、あの!なんで残ってたの?今日部活休みだよね」
「知ってたの?あー……うん。そう。休みだったんだけど」
歯切れの悪い彼を少し不思議に思いながら、私は彼をまた盗み見た。
夕焼け色の彼の頬は赤くて、遠くを見つめる瞳がとても美しかった。
彼が好きだ。せっかく掴んだチャンスを逃したくない。
「あのさ!今度の」
「今日、立花に振られた」
頭にガツンと衝撃が走る。
立花絢香。学校で一番かわいくて、今度韓国でアイドルの練習生になる人。
公開オーディションに応募したんだそうだ。倍率は6000倍らしい。夢みたいな数字だ。
彼女はオーディションに受かった。もうすぐ韓国の高校に転入して、この学校からはいなくなる。
「ついさっき教室来て、ごめんって。それだけ。やっぱあいつすごいわ」
きっと2人が付き合ってたらこの学校の名物カップルになってただろう。
将人はかっこいい。まだ一年なのにサッカー部の副キャプテンをしていて、成績も優秀。他校の女子から告白されているところも見たことがある。
2人が並んだら、きっとお似合いだっただろうな。それに比べて、私は。
「……かっ、こいいよね。絢香ちゃんって。自分があって、夢を叶えてて」
「うん。だから好きになった」
一瞬、呼吸が止まる。先ほどまでは嬉しさで心臓が高鳴っていたのに、今は冷や汗が止まらない。
息が苦しい。今にも喉が震え出して、泣いてしまいそうだ。
「悪い。なんか誰かに聞いてもらいたくなってさ。すっきりしたわ。ありがとう」
「うん」
俯いて答えた。今顔を見たら、涙が溢れてしまいそうだった。
将人と私の物語は始まらない。
私が絢香くらいかわいかったら、将人は好きになってくれただろうか。
私に大きな夢があって、才能があれば将人は好きになってくれただろうか。
私は、私は。
「じゃあ、俺こっちだから。またな」
「うん、じゃあね」
彼の目を見ないまま、私は曖昧に微笑んで走って逃げた。
私だって彼のことが好きだった。13年も好きだった。
でも私は、彼のヒロインにはなれない。
空は水色とピンクのグラデーションで、雲が桃色に染まっていてやけに美しかった。
涙で前が滲む。今は、この空を綺麗だとは思えなかった。
⸻
春になり、私は高校2年生になった。
絢香は韓国へ行った。色んな生徒が告白したけど、みんな断られたらしいという噂だけ残して。
将人は新しく彼女ができた。サッカー部のマネージャーだ。以前から告白されていて、振られたことをきっかけに付き合うことにしたらしい。
私は告白すらできなかった。
絢香と自分を比べて、諦めてしまった。
あの時行動していたら、何か変わっただろうか。後悔が尽きない。
2年になっても将人と同じクラスになることはなかった。私たちはまた疎遠になって、喋ることもなくなった。
けじめのつけられなかったこの気持ちは、まだ私の中で燻っている。
風が吹き、桜が舞い散る。視界がピンク色に染まった。
この景色を美しいと思える。
今は、それでいい気がした。




