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何者にもなれないわたしたちへ  作者: 大柑子


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主人公になれない俺



「あと一周ー!」


「えーーい!!」



 主将の声がグラウンドに響いて、部員の重なった返事がこだまする。


 俺は高校2年。国体が終わり、3年が引退して実質俺たちが最高学年になった。


 尊敬していた3年の先輩はドラフト候補になった。内々に球団のお偉いさんが高校にプレーを見にきていたことも知っている。


 俺は、高校に入ってスタメンになれたのは数えるほどしかない。親友のたかしは、ピッチャーで既にプロ球団から目を付けられている。


 息を切らしながらグラウンドを駆ける。肺が苦しくて、頭から汗が滴り落ちてくる。


 まぶたを伝って顎まで落ちた汗は、涙と区別が付かない。


 汗で滲む視界で、高く透き通る秋の空を見上げた。



 俺は、きっとこのまま高校を終えるのだろう。


 自分の限界は、自分が一番よくわかっていた。




「おす、お疲れ」


「お疲れ」



 たかしがタオルで顔を拭きながら部室に入ってきた。


 俺は彼の顔から目を逸らして、俯いて答える。顔を見られたくなかった。



「お前もう自主練はしねーの?」



 ぐさりと言葉が突き刺さる。


 高校に入ったばかりの頃はスタメンを競ってよくたかしと自主練をした。


 あの頃は俺だって主人公になれると思っていた。


 全てが輝いていたし、新品のグローブもスパイクも、これから俺と一緒に成長していくんだと思っていた。



「ああ、受験勉強すんだ」



 ハッと、たかしの方から息が詰まったような音が聞こえる。


 どうせこいつだってわかっていたはずだ。俺にドラフトはかからない。それなら、未来のためにやることを変えなければならない。



「……そうかよ」



 それだけ言って、たかしは部室を出て行った。外では後輩たちがグラウンドの整備をしている。同期はシャワーに行った。


 ガランとした部室内に、後輩たちの声が遠くから聞こえる。




 ⸻




 猛暑の夏が後半に差し掛かり、俺たちの甲子園はベスト8で終わった。


 たかしは予想通り声がかかりそうだった。少し前にインタビューを受けていた。期待のホープだそうだ。


 俺は、粛々と受験勉強を進めている。秋まで部活は残らず、夏で引退することも顧問に伝えている。



「もう引退するんだってな」



 西日の差し込む部室で、たかしが俺に声をかける。


 俺はたかしを見た。前ほど顔を見るのに抵抗がなかった。


 こいつはすごいと思う。去年まではそう思うことすら悔しかった。頑張れない自分が情けなかった。


 受験勉強を始めて、すっかりステージが変わってしまったような気がした。もう、たかしを羨むことも自分を責めることもない。



「ああ。この前志望校でA判定が出たんだ。このまま成績を落としたくない」


「……そうか」


「お前はドラフトかかりそうだな。おめでとう」



 まっすぐ目を見て伝えた。目頭は熱くならなかった。


 たかしがぐっと何かを飲み込む。何だか彼の方が泣き出しそうだった。



「ありがとう」


「頑張れよ」


「お前もな」



 彼は振り絞るように言って、そのまま部室を出て行ってしまった。


 “おめでとう”ときちんと言えたことに、少しだけ驚いた。もう心につかえるものはなかった。




 ⸻




 大学2年の春、テレビにはたかしがいた。1年で一軍に上がったらしい。期待のホープは1年経っても期待のホープだった。


 純粋にすごいと思える自分がいる。そして、それにホッとしていることにも気が付いている。


 俺は大学でも野球部に入った。それなりの強豪だ。ここでもスタメンになれるかは分からない。


 それでもよかった。俺は、何者になれなくても野球が好きだ。野球を続けていたい。



「おう、お疲れ」


「久しぶり、たかし」



 軽く手をあげ、高校の時と同じ笑顔で彼は挨拶した。


 たかしとは定期的に会っている。お互いの近況を話し、軽口を叩いて解散する。


 俺は最近彼女ができた報告をした。野球バカのたかしは死ぬほど羨ましがっていた。



「一軍おめでとう」


「おう、最短で行ってやったわ」



 へへ、と笑って照れ臭そうにする彼を見て、自然と微笑んだ。



 俺はきっと、このまま普通に就職して、野球は趣味で続けていく。彼は、プロで活躍し続けるのだろう。


 たかしのような主人公になれると思っていた。



 でも今は、俺の人生も悪くないと思えている。



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