何者なの
夜の闇の中、
ABMニュースの社屋だけが、
灯台のように眩しく輝いている。
サーチライトが建物の外壁を照らし続ける。
記者たちは慌ただしく駆け回り、
スタッフたちは無数のケーブルの間を行き交っている。
酒井隼人が予告した会見。
そのために、
大勢の人々が集まっていた。
すべては順調に進んでいる。
――そう見える。
少し離れた闇の中。
シェイドは静かにその光景を見つめていた。
微動だにしない。
鬼の面が、
照明の光を静かに映し返す。
視線だけが動く。
入口。
警備員。
人の流れ。
すべてを観察している。
正面入口。
搬入口。
非常口。
死角。
監視カメラ。
その目は、
一つ残らず確認していた。
***
原
「シェイドを知っているんだな?」
アサはすぐには答えない。
アサ
「……ええ。」
原
「どうしてミナをさらった?」
短い沈黙。
アサはかすかに息を吐く。
アサ
「理由なら……
慧も知ってるでしょう。」
原は眉をひそめる。
アサ
「タミは……
私たちを裏切っていなかったのかもしれない。」
沈黙。
アサ
「……でも、
疑われていたことすべてが嘘だったわけじゃない。」
間。
アサ
「だからでしょう?
ミナのことだけは……
タミに聞こうとしなかった。」
沈黙。
アサ
「……答えを知るのが怖かったから。」
原は静かに息を吸う。
原
「どうしてシェイドがそれを知っている?」
アサ
「正確には……
知っているわけじゃない。」
沈黙。
アサ
「シェイドはある人物と取引をしている。」
間。
アサ
「ミナと引き換えに……
活動資金を受け取る約束よ。」
原は眉をひそめる。
原
「誰だ……
シェイドに資金を流しているのは。」
***
監視カメラが、
人気のない廊下を映している。
映像は安定している。
乱れ一つない。
その時――
ごくわずかなノイズが走る。
ほんの一瞬。
空気が揺らいだような歪み。
次の瞬間、
一つの人影が現れる。
何の前触れもなく。
まるで、
最初からそこにいたかのように。
シェイド。
カメラが一瞬だけノイズを発する。
そして映像は元に戻る。
廊下には、
誰もいない。
一人のスタッフが通りかかる。
ふと足を止め、
辺りを見回す。
何かが動いた気がした。
だが、
何も見えない。
シェイドはすでにその背後に立っていた。
わずか数センチの距離。
微動だにしない。
スタッフが振り向く間もない。
シェイドはその後頭部へ一撃を加える。
男はその場で意識を失う。
シェイドは腰につけられた入館証を静かに外した。
***
神殿の中を、
センは一人で歩いていた。
目的はない。
ただ、
静寂だけが辺りを包んでいる。
不思議なほど穏やかな静けさ。
その時――
青白い光が、
岩陰でかすかに揺れた。
センは足を止める。
眉をひそめる。
こんな場所は見たことがなかった。
近づいていく。
二つの岩壁の間に、
細い裂け目が口を開けていた。
ほとんど気づかないほど隠された通路。
その奥から、
柔らかな青い光が漏れている。
センは少しためらう。
そして、
中へ足を踏み入れた。
道は狭い。
冷たい岩肌が肩をかすめる。
歩くたびに、
青い光は強くなっていく。
だが、
光源はどこにもない。
まるで……
流れている。
一本ではない。
無数の流れ。
岩の中を巡る血管のように。
センは立ち止まる。
目の前に広がる巨大な洞窟。
思わず息をのむ。
岩壁には、
青白く輝く無数の筋が走っていた。
細く枝分かれし、
まるで生きた網目のように、
洞窟全体を覆っている。
ゆっくりと脈打つ。
まるで呼吸しているかのように。
青い光は湿った岩肌に反射し、
幻想的な揺らめきを生み出していた。
足元にも、
光の筋が走っている。
すべてが繋がっている。
まるで、
この洞窟そのものが生きているようだった。
センは一歩踏み出す。
目で光を追う。
魅入られるように。
指先が岩へ触れる。
光が、
かすかに応えた。
センの呼吸がゆっくりと整っていく。
本人も気づかないまま。
その時――
ケイリン
「ここで何をしているの?」
センは小さく肩を震わせ、
振り返る。
洞窟の入口。
ケイリンが立っていた。
その表情は歓迎とはほど遠い。
セン
「えっと……
この光が気になって……
すごく綺麗だったから……」
ケイリンは眉をひそめる。
ケイリン
「光?」
センは戸惑う。
周囲を見回し、
もう一度ケイリンを見る。
セン
「……あの青い光です。」
岩壁を指さす。
青い光は今も静かに脈打っている。
ケイリンは視線を向ける。
そこには何もない。
ただの岩壁だった。
センの表情がわずかに揺らぐ。
セン
「……見えてないんですか?」
沈黙。
ケイリンは一歩近づく。
ケイリン
「ここへ入って、
何を感じた?」
センは少し考える。
言葉を探す。
セン
「なんだか……
落ち着くというか……
そんな感じです。」
ケイリン
「この洞窟はとても古い場所よ。
ここで採れた宝石は、
かつてアエノラ神殿の大鏡――
ヴァレンを造るために使われた。」
センは黙って聞いている。
ケイリンはゆっくりとセンの周りを歩く。
品定めをするように。
ケイリン
「ヴァレンは崩壊の日に砕かれた。
それでも……
鏡の破片だけはいくつか残された。」
セン
「鏡の木……
学校にある。」
ケイリンは静かに頷く。
ケイリン
「自分の家族について、
どれくらい知っている?」
センは眉をひそめる。
セン
「……どういう意味ですか?」
ケイリン
「養子なのよね。」
セン
「はい。
五歳の時に、
酒井隼人の養子になりました。」
ケイリンはさらに一歩近づく。
ケイリン
「それ以前は?」
センは目を逸らす。
問いから逃げるように。
セン
「……あまり覚えてません。」
沈黙。
セン
「実の両親は、
交通事故で亡くなりました。」
間。
セン
「その事故で……
記憶も失ったんです。」
ケイリン
「……興味深いわね。」
短い沈黙。
ケイリン
「トラマというものを聞いたことは?」
セン
「世界を巡る見えない網……
原先生から聞きました。」
ケイリン
「ヴァレンは、
この世界とトラマを繋ぐ唯一の門だった。
誰にも越えられない門。
トラマと交わることができたのは、糸の守護者だけ。」
沈黙。
ケイリンの眼差しが鋭くなる。
ケイリン
「でも……
センは違う。」
間。
ケイリン
「トラマの向こうを見ている。」
さらに一歩近づく。
ケイリン
「それなのに……
糸の守護者ではない。」
沈黙。
ケイリン
「……あなたは、何者なの。
酒井セン。」




