残された想い
薄暗い部屋。
弱々しい明かりだけが室内を照らしている。
壁一面には紙が貼られ、
手書きのメモや図が無数に並んでいる。
いくつもの紙が、
乱雑に張られた糸で結ばれていた。
シェイドは簡素な簡易ベッドの縁に腰掛けている。
上半身は裸。
仮面も外していた。
前腕の皮膚の下を、
青白い光が静かに血管を伝って流れている。
穏やかに。
規則正しく。
まるで眠っているかのように。
だが、
その光は腕だけでは終わらない。
肩を伝い、
胸へと広がっていく。
まるで、
何かが身体に根づいていくように。
シェイドは痛みを見せない。
ただ静かに、
その変化を見つめていた。
コンコン。
扉が叩かれる。
義
(扉の向こう)
「入ってもいいか?」
シェイド
「ああ。」
扉が開く。
義が部屋へ入る。
視線はすぐにシェイドの身体へ向く。
そして、
青白い光へ。
しばらく何も言わない。
義
「……広がってるな。」
義はゆっくりと歩み寄る。
不安げに。
義
「何か……変わった感じはするか?」
間。
シェイドは少し考える。
シェイド
「……自分が、遠くなっていく感じがする。」
義
「何からだ?」
シェイド
「昔の自分から。」
義はすぐには答えない。
その意味を理解する。
だからこそ、
安心できなかった。
義
「抑えろ。
トラマに飲まれるな。」
シェイド
「もう注射は打たない。」
間。
シェイド
「ミナを手に入れた。
斎藤との取引も、
これで終わりだ。」
義はじっと見つめる。
長く。
やがて小さく頷く。
納得したわけではない。
シェイドは立ち上がる。
服を手に取り、
身につけていく。
どの動きも正確だった。
慣れきった、
儀式のような動作。
やがて仮面を手に取り、
刀を腰に差す。
義
「行くのか?」
シェイドは答えない。
静かに仮面をつける。
義
「やめろ、シェイド。」
間。
義
「罠だ。」
シェイドは装備を整え続ける。
落ち着いたまま。
義
「……わかってるはずだ。」
シェイド
「ああ。」
義は歯を食いしばる。
義
「だったら行くな。」
シェイドは扉へ向かう。
義は腕を掴む。
義
「もし、お前が死んだら……」
間。
「俺たちは……
どうすればいい。」
シェイド
「だからこそ、
行かなきゃならない。」
沈黙。
その声は穏やかだった。
だが、
さっきまでより鋭い。
シェイド
「酒井隼人が話せば……それが唯一の『真実』になる。」
短い沈黙。
シェイド
「そうなれば……誰も真実を探さなくなる。」
空気が張りつめる。
義
「そんなもの……
勝てる相手じゃない。」
間。
シェイドは扉に手をかける。
シェイド
「昔、ある人に言われた。
勝つことは大事じゃない。」
短い沈黙。
シェイド
「幻を打ち砕けるなら、それでいいって。」
シェイドは扉を開け、
部屋を後にする。
***
夜の静寂が山あいの家を包んでいる。
木々の葉が風に揺れ、
かすかに音を立てる。
アサは闇の中をゆっくり歩く。
視線の先には、
大きな木の下に眠るタミの墓。
疲れは顔に滲んでいる。
それでも、
その背筋はまっすぐだった。
やがて、
ゆっくりと墓の前に膝をつく。
沈黙。
アサ
「ミナ……本当にしぶといわね。
タミにそっくり。」
短い沈黙。
アサ
「……ごめん。」
記憶がよみがえる。
タミの笑顔。
笑い声。
ともに過ごした日々。
アサ
「どうして……」
沈黙。
アサ
「もし、あの日に戻れたなら……」
言葉は続かない。
アサは静かに墓石へ手を添える。
微笑みながら、
一筋の涙が頬を伝う。
原
「……生きていたんだな。」
アサははっと立ち上がる。
そこには原が立っていた。
アサ
「残念だった?」
原は挑発に乗らない。
ただ真っ直ぐ彼女を見つめる。
原
「ミナはどこだ。」
回りくどさのない問い。
アサはほんの一瞬だけ視線を逸らす。
アサ
「その話なら……
帰って。」
立ち去ろうとする。
だが、
原が静かにその腕を掴む。
強引ではない。
それでも、
逃がさないという意志があった。
原
「俺のためでも、日野のためでもない。」
間。
原
「タミのためだ。
あいつは最後まで、
お前を信じていた。」
アサ
「タミのため?
……冗談でしょ。」
原
「あいつは誰も裏切ってない。
お前だって、
それはわかってる。」
アサ
「酒井がアエノラへ来たのは……
タミのせいよ。」
原
「酒井隼人はいずれ俺たちを見つけていた。
あの頃にはもう、
大臣が俺たちを追っていた。」
時間が止まったような静寂。
原
「アサ……
お前はあいつにとって、
姉みたいな存在だった。
タミがお前を裏切るはずがない。」
アサは原を見ない。
視線はただ、
タミの墓へ向けられている。
アサ
「もう……
過去に縋って生きることはできない、慧 ……」
原
「違う。」
間。
原
「みんながタミから離れていった時……
最後までそばにいたのは、お前だった。」
間。
「憎む前に……
助けようとしていた。」
アサは目を伏せる。
アサ
「助けたかった……
信じたかった……
でも……
何もしなかった。」
涙が頬を伝う。
原
「だったら……
今、助けてやれ。」
アサは黙ったまま、
考え込む。
原
「ミナはまだ子どもなんだ。」
間。
原
「何かに復讐したいなら……
あの子だけは巻き込まないでくれ。」
短い沈黙。
原
「頼む。」
アサはただ、
原の懇願するような眼差しを見つめ続ける。




