差し伸べる手
涼司とケイリンの間に沈黙が流れる。
その時――
力強い足音が近づいてくる。
信夫だ。
信夫
「どうしてセンの修行を続けないんですか?
あいつ、あの岩をぶっ壊したじゃないですか!
なのに、なんで失敗だなんて言うんです?」
ケイリンはすぐには信夫を見ない。
まだ湯飲みを見つめている。
まるで答えがその中にあるかのように。
やがて、
ゆっくりと顔を上げる。
ケイリン
「センは……
思っているようなところで失敗したんじゃない。」
間。
ケイリン
「本当に失敗したのは、
もっと大事なところよ。」
信夫
「そういう人生訓みたいな言い方はもううんざりです!
そんなことじゃセンは救えません!」
ケイリン
「何もわかっていない。」
静かな沈黙。
風が木々の葉を揺らす。
ケイリン
「センとトラマとの繋がりは強すぎる。
もし制御を失えば……」
ほんのわずかに言葉を切る。
ケイリン
「……何が起こるか、誰にもわからない。」
沈黙。
信夫は息をつく。
信夫
「だからこそ……
続けるべきなんじゃないですか。」
ケイリンは答えない。
信夫は一歩踏み出す。
信夫
「最悪を考えるのは間違ってません。
それはわかります。」
間。
言葉を探しながらも、
視線は逸らさない。
信夫
「でも、原は……
ケイリンさんしかセンを助けられないって信じています。」
間。
信夫
「今ここでやめても、
最悪は防げません。
止める人がいなくなるだけで、
もっとひどくなる。」
ケイリンは動かない。
信夫
「もう見たはずです。
センが何をできるのか。」
間。
声が少しだけ静かになる。
まっすぐな響きへ変わる。
信夫
「確かに危険です。
でも……
最悪を想像できるなら、
最高だって想像できるはずです。」
間。
信夫
「もしそれを制御できるようになれば……
誰にもできなかったことが、
できるかもしれない。」
最後の間。
静かに。
信夫
「壊すためじゃない。」
かすかな息遣い。
涼司
「救うために。」
ケイリンは息をのむ。
ゆっくりと涼司へ顔を向ける。
その瞳が、
静かに潤む。
涼司が言葉を発した。
それだけで十分だった。
再び沈黙が訪れる。
さっきよりも、
ずっと重い沈黙。
少し離れた木陰。
センがそこにいた。
木にもたれ、
半分だけ影に包まれている。
何も言わない。
動きもしない。
だが、
すべてを聞いていた。
視線は地面へ落ちたまま。
膝を握る指先に、
わずかに力がこもる。
呼吸は静かだ。
けれど、
少しだけ深い。
言葉がまだ胸の中で響いている。
迷い。
そして、
恐れ。
***
校舎の廊下に、
原の足音が静かに響く。
廊下の突き当たり。
監視室の扉が少しだけ開いている。
中から張り詰めた声が聞こえる。
嫌な予感がした。
原は扉を押し開ける。
アヤは腕を組み、
険しい表情で立っている。
黒沢は少し後ろで黙っている。
シオもアヤのそばで静かに様子を見守っていた。
そして――
日野。
椅子に座り、
顔を両手で覆っている。
肩が小さく震えていた。
原は足を止める。
沈黙。
こんな日野を見るのは初めてだった。
アヤ
「どこにいたの!?
一日中連絡してたのよ!」
原は眉をひそめる。
原
「……何があった?」
日野はゆっくりと顔を上げる。
そして――
日野
「ミナが……
連れ去られた。」
原は動かない。
時間だけが、
一瞬止まったようだった。
アヤ
「シェイドよ。」
沈黙。
背後では、
モニターのノイズだけが静かに響いている。
原は言葉を失う。
視線が日野へ向く。
打ちひしがれたまま。
声は震えている。
日野
「俺は……
何もできなかった……
目の前で……
あいつに連れていかれた……」
声が途切れる。
沈黙が部屋を満たす。
息苦しいほどに。
原は動けない。
言葉が喉につかえる。
身体がわずかによろめく。
アヤ
「それだけじゃない。
アサが……生きてた。」
間。
原は目を閉じる。
一度だけ。
思考を整理するように。
黒沢
「シェイドは最初からミナの居場所を知っていたみたいです。」
沈黙。
誰も答えない。
だが、
全員が理解していた。
原は日野を見つめる。
長く。
重い沈黙。
原
(戸惑いを隠せない声で)
「アヤ……
信夫に連絡してくれ。
センを連れて戻るように。」
間。
「黒沢……
シェイドの足取りを追ってくれ。」
原は部屋を出ようとする。
だが、
ふと日野の方を振り向く。
原
「日野……
俺は……」
言葉が続かない。
日野はゆっくりと顔を上げる。
目は赤く、
腫れ上がっていた。
小さく首を横に振る。
何も言わないでくれ――
そう伝えるように。
原は静かに目を伏せる。
そして、
何も言わず部屋を後にした。




