カイト ― あの日
朝の風が土道沿いの竹の葉を揺らしている。
空気には朝露に濡れた草の匂いと、料理の香りが混ざっている。
小さな農村は朝から活気に満ちていた。
商人たちは店を開き、
商品を並べ始めている。
裸足の少年が駆け回りながら叫ぶ。
少年
「お母さん! 捕まえてみて!」
大きな米俵を抱えた母親が、苦笑しながら後を追う。
母親
「こら、待ちなさい!
誰かにぶつかるわよ!」
米俵を積んだ荷車から荷を下ろしていた父親は、
朝日に目を細めながら、その様子を微笑ましく見つめている。
父親
「はい、トミコさん。
お米代です。」
トミコ
「ありがとう!
(少年を見ながら)
よかったら、うちの従兄弟が田んぼで働き手を探してるんだ。
その元気な坊主には、ちょうどいいかもしれないな。」
少年は人混みの中を走り回る。
行き交う人々の間を縫うように駆け抜け、
あちこちから文句が飛ぶ。
父親
「ありがとうございます、トミコさん。
でも、カイトは少し元気があり余ってるだけですよ。
そのうち自分の道を見つけます。」
その時――
遠くから鈍い音が響く。
砂利を踏みしめる重い足音。
聞き慣れない、荒々しい叫び声が湿った土の香りを切り裂く。
カイトは動きを止める。
村人たちは不安そうに顔を見合わせる。
次の瞬間――
道の先に武器を掲げた騎馬の一団が現れる。
馬は猛スピードで駆けてくる。
少年は立ち尽くす。
目を大きく見開いたまま。
父親が息子へ向かって駆け出す。
父親
「カイト!!」
カイトは後ずさろうとする。
だが、逃げ惑う人々に押し戻される。
悲鳴が響く。
子どもたちが泣き叫び、
大人たちは叫び声を上げる。
カイトは騎馬隊が目の前のすべてをなぎ倒していくのを見る。
母親が少年へ向かって駆け出す。
喉が裂けそうなほど叫びながら。
母親
「カイト!
伏せなさい!」
少年はとっさに地面へ伏せる。
騎馬隊はその頭上を駆け抜け、
すべてを蹂躙していく。
カイトは立ち上がる。
走る。
石につまずく。
それでもすぐ立ち上がる。
数メートル先では父親が両腕を広げて待っている。
その瞬間――
一人の騎兵が父親の顔を殴りつける。
父親は倒れる。
続いて母親も地面へ叩きつけられる。
少年の足が震える。
息が止まる。
カイト
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
一人の騎兵が近づく。
腕を乱暴に掴む。
反応する間もなく、
布切れで口を塞がれる。
その乱暴さに恐怖が全身を貫く。
少年は必死にもがく。
泥に足を取られ、
恐怖に飲み込まれていく。
炎。
村人たちの悲鳴。
暴れ回る馬。
悪夢のような光景が目の前を流れていく。
***
夜。
野盗たちは焚き火を囲み、勝利を祝っている。
下卑た笑い声。
焦げた肉と煙の匂いが混ざり合い、
息苦しい空気を作り出している。
少し離れた場所。
カイトは地面に座らされている。
両手は後ろで縛られ、
縄が皮膚を擦り、血が滲んでいる。
膝は湿った土に沈んでいた。
一人の男が近づいてくる。
大柄な身体が焚き火の明かりに浮かび上がり、
その影が少年を飲み込む。
男はブーツの先でカイトを小突く。
男
「よう、ガキ。
さっきまでの威勢はどうした?」
男が身をかがめる。
酒臭い息がカイトの顔にかかる。
男
「お前と遊んでやるよ。
遊ぶのは好きだろ?」
恐怖に震えながら、
カイトは涙を流しつつ頷く。
それしかできない。
男
「『動いたら死ぬ』って遊びだ。
どうだ?」
男は自分の残酷さに酔うように笑い出す。
大きな石を拾い、
カイトの前に置く。
そして乱暴に襟首を掴み、
その石の上へ無理やり立たせる。
カイトは震えている。
石は不安定で滑りやすい。
必死にバランスを取る。
風に揺れる炎のように身体がふらつく。
男
「ほら、動くなよ。」
そう言うと、
指先で軽く突き、
わざと体勢を崩そうとする。
カイトは寸前で踏みとどまる。
後ろでは野盗たちがその様子を見て笑っている。
時間が過ぎていく。
何分も。
何時間も。
ほんのわずかでも身体が揺れるたび、
鋭い一撃が脚や背中、脇腹へ叩き込まれる。
棒の時もあれば、
ブーツの時もあった。
_
夜は重く、
息苦しい。
野盗たちの野営地は少し静かになっていた。
いびきをかいて眠る者。
まだ酒を飲んでいる者。
焚き火を囲んだまま、うとうとしている者。
カイトは今も木の幹にもたれたまま縛られている。
手首は焼けるように痛む。
石の上で受けた責め苦のせいで、
脚はいまだに震えていた。
まぶたが揺れる。
眠りと悪夢の狭間をさまよっている。
その時――
かすかな衣擦れの音。
背後から。
カイトはびくりと身を震わせる。
一つの手が、
そっと肩に触れる。
身体が固まる。
そして――
かすかな囁きを聞く。
母親
「カイト……
お母さんよ……」
カイトは勢いよく顔を上げる。
たちまち涙があふれ出す。
母親の後ろに父親が立っている。
身を低くし、
野営地に転がっていた古い鎌を手にしている。
父親は唇に指を当てる。
静かに、という合図。
父親
(小声で)
「ここから連れ出してやる。」




