仕組まれた罠
朝の薄白い光が学園の調理室の大きな窓から差し込んでいる。
部屋はほとんど無人だ。
冷蔵庫の低い唸りとコーヒーメーカーの音だけが静寂を破っている。
テーブルの上には冷めたコーヒーが二杯。
開きかけの資料。
そして眠れなかった夜の痕跡。
原は窓際に立っている。
アヤは椅子に座り、肩に毛布を掛けていた。
顔にはまだ擦り傷が残っている。
その後ろではハタシオが落ち着きなく歩き回っていた。
アヤ
「シェイドは酒井のために動いてる。そう考えるのが普通でしょ。だってシェイドの手下たちは文字通り酒井の倉庫にいたんだから」
原
「分からないな……辻褄が合わない」
短い沈黙。
原
「シェイドは失踪者や死亡者のリストを持っていた。その全員が酒井隼人と繋がっている…むしろ味方より敵に見える」
アヤは首を横に振る。
アヤ
「だったら酒井を狙ってるのかもしれない」
短い沈黙。
アヤ
「でも、それで味方になるわけじゃない。そういう連中は標的を変えるだけ。昨日はあんた…今日は酒井…」
原
(納得していない様子で)
「かもしれない」
短い沈黙。
原
「だが奴は知るはずのないことまで知っている」
アヤ
「タミのこと?」
ハタシオ
「そのタミって誰なんですか?」
原
「俺の妹だ……」
ハタ シオ
「酒井隼人に殺されたっていう?」
原はゆっくりと息を吐く。
怒っているわけではない。
だが穏やかでもない。
原はアヤへ顔を向ける。
原
「今度同僚を巻き込むつもりなら、先に相談してくれ」
アヤ
「よくそんなこと言えるわね」
原
「事情が違う」
短い沈黙。
原
「エマさんは勝手に首を突っ込んできた。俺にはどうしようもなかった」
アヤはため息をつく。
アヤ
「そうね」
短い沈黙。
アヤ
「あんたの言う通り…」
アヤ
「許可を取らなかったのは悪かったわ」
短い沈黙。
アヤ
「シオが誘拐されて拷問される前に思いつけばよかったわ…ほんと間抜けね、私」」
原
「気にするな…もう許した」
アヤは苛立って拳を振り上げる。
原はすでに苦笑していた。
アヤ
「馬鹿」
ハタ シオ
「すみません」
短い沈黙。
ハタ シオ
「それで、これからどうするんです?」
誰も答えない。
原はシオを見る。
ハタ シオ
「何ですか」
短い沈黙。
ハタ シオ
「まだ信用してないんですか?」
原
「事情を知っていても、俺の家に住んでいても」
短い沈黙。
原
「だからといって、君がこのチームの一員になったわけじゃない」
アヤ
「慧 ……」
原はアヤを見る。
アヤはため息をつく。
そしてシオへ向き直る。
シオもため息をついた。
ハタ シオ
「分かりました」
シオは部屋を出ていく。
静寂が落ちる。
原
「『敵を助けた?』」
短い沈黙。
原
「シェイドはタミが裏切り者だと疑われていたことを知っている…どうしてそんなことが分かる?」
アヤは考え込む。
アヤ
「トラマの元メンバーだと思う?」
原
「分からない」
短い沈黙。
原
「だが一つだけ確かなことがある…シェイドは十二年前に何が起きたか知っている」
短い沈黙。
原
「つまり……その場にいた」
原は椅子に掛けていた上着を手に取る。
アヤ
「どこへ行くつもり?」
原
「エマはあのリストで何人もの失踪者の名前を見ている。まずはそいつらを探す。話を聞かなければならない」
アヤ
「気を付けなさい、慧」
短い沈黙。
アヤ
「あの記者はまだ若い…スクープのためなら何をするか分からないわよ」
原
「分かってる」
短い沈黙。
原
「だが今は他に手がない」
原は出口へ向かう。
その時。
壁に掛けられたテレビから朝のニュースが流れる。
テレビの記者
「本日早朝、多量の化学物質が保管されていた倉庫を警察が押収しました。
現時点では、これらの薬品の用途は不明です」
原の足が止まる。
記者の声に意識を奪われる。
テレビの記者
「なお、この鉄道倉庫は数年前に買収されたレスベスト・メディア社の所有であることが分かっています――」
重い沈黙。
原は動かない。
拳を握り締める。
言葉が頭の中で反響する。
あの倉庫。
青白い光。
モニターの唸り。
薬品の臭い。
そして昨夜の手下の言葉。
「明日の酒井の顔が楽しみだな」
原の口元がわずかに歪む。
原
(呟くように)
「おいおい……」
原は理解する。
原
「酒井を嵌めるためだったのか」
アヤは眉をひそめる。
アヤ
「何?どういう意味?」
原
「シェイドだ」
短い沈黙。
原
「シェイドは酒井隼人を嵌めたんだ」




