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落下

縄が切れる。


乾いた音が岩壁に響く。

センの身体が傾く。

世界が反転する。


風が耳元で唸る。

崖が遠ざかっていく。

心臓が激しく脈打つ。

叫び声は出ない。


空気が喉を塞ぐ。

落下の力が身体を引きずり下ろす。

手を伸ばす。

何も掴めない。

あるのは風だけ。

剥き出しの恐怖だけ。


そして――

ユウトが落ちていくあの日の記憶。

センの指が反射的に動く。

二本の指が掌へ折り込まれる。

無意識の動作。

身体に刻み込まれた反射。


その瞬間。

センの掌に刻まれたアエギスのルーンが輝く。


詠唱はない。

言葉すらない。


光が広がる。

身体を包み込むように。

薄い膜となって。


そして――

轟音。

センの身体が崖に叩きつけられる。

アエギスが砕け散る。

まるでガラスのように。

衝撃で身体が弾かれる。

岩肌を転がる。


その瞬間。

アエギスが再び発動する。

砕ける。

発動する。

砕ける。

何度も。

何度も。


センは斜面を転がり落ちる。

滑り落ちる。

そして最後に。

根の塊へ激突する。


静寂。

土煙が舞う。

ゆっくりと。


崖の上。

ケイリンは息を呑んでいた。

目を離せない。

ただ落下地点を見つめ続ける。


やがて。

土煙の向こうに人影が見える。


その瞬間。

初めて。

ケイリンの表情が揺らぐ。

隠し切れないほどの動揺。


土煙が晴れる。

センが倒れている。

動かない。


意識はあるのか。

ないのか。


分からない。


ただ横たわっている。

掌のアエギスのルーンがゆっくりと消えていく。

光が弱まる。


そして――

センの指が動く。


肩が震える。

身体が僅かに動く。

生きている。

満身創痍だ。

だが生きている。


ケイリンは目を見開く。

信じられないものを見るように。


ケイリン

「あり得ない……」


_



風が山の谷間を吹き抜ける。


センは落下を止めた根の塊にもたれかかっていた。

呼吸は乱れている。

息をするたびに顔が歪む。

身体を動かそうとする。

すぐに後悔した。


セン

「ああっ!」


鋭い痛みが脇腹を走る。


セン

(かすれた声で)

「最悪だ……」


頭上で石が転がる音。

足音が近付いてくる。


最初に姿を見せたのはケイリンだった。

岩肌を迷いなく下りてくる。

まるで崖ではなく階段でも歩いているかのように。


その後ろを涼司が続く。

無言のまま。

二人はセンの傍で足を止める。

ケイリンはしばらくセンを見下ろす。

状態を確認するように。


ケイリン

「息はしているね」


センはわずかに顔を向ける。


セン

「辛うじて……」


ケイリン

(眉をひそめながら)

「死んでいてもおかしくなかった」


沈黙。


ケイリンはセンを見つめる。

まるで幽霊でも見ているように。


ケイリン

(眉をひそめながら)

「涼司。寺まで連れて行きなさい」


涼司はセンの腕を掴む。

立ち上がらせようとする。

痛みでセンの喉から呻き声が漏れる。

どうにか立ち上がる。

足が震えていた。


ケイリンは背を向ける。


セン

「待ってください」


ケイリンは足を止める。

振り返らない。


風が岩の間を吹き抜ける。


センはゆっくりと手を開く。

アエギスのルーンは消えていた。

だが掌にはまだ熱が残っている。


セン

「ルーンが勝手に発動するのは初めてじゃないんです」


短い沈黙。

セン

「……そんなこと、どうして可能なんですか?」


ケイリンはわずかに顔を向ける。

視線がセンの掌へ落ちる。

ほんの一瞬だけ。


ケイリン

「そこなんだよ……。」


センは眉をひそめる。


ケイリン

「本来なら、不可能なはずなんだ」


ケイリンはそのまま歩き去る。

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