ユウトが死んだ夜
2024年11月――酒井邸。
焦げ臭い匂いが、15歳のセンの眠りの中へ忍び込む。
センは飛び起きる。
遠くで何かが爆ぜる音。
不規則な音。
その後ろで、屋敷の厚い壁越しに聞こえる人々の声。
センは身体を起こす。
心臓が異様な速さで脈打っている。
窓の外。
橙色の光が揺れている。
――火事……?
センは慌てて上着を羽織り、部屋を飛び出す。
_
廊下は騒然としていた。
使用人たちが走り回っている。
誰かが指示を飛ばしている。
庭では警鐘が鳴り響いていた。
大きな窓の向こう。
炎が屋敷の奥にある小さな小屋を飲み込んでいる。
ユウトとセンが一緒に木彫りをしていた場所だ。
木材が軋む。
崩れる。
炎の中へ消えていく。
誰もが外へ向かって走る。
だがセンは逆方向へ進む。
屋敷の奥へ。
セン
「ユウト!?」
返事はない。
センは兄の部屋へ飛び込む。
誰もいない。
セン
「ユウト!?」
センは西棟へ続く脇の廊下を駆ける。
そして見つける。
廊下の奥。
ユウトが立っていた。
脇腹を押さえている。
手は血に染まっている。
息も荒い。
顔色は青白い。
ユウト
(安堵よりも焦りが勝っている)
「セン……そこにいるな」
センは駆け寄ろうとする。
だがその瞬間。
影が現れる。
三人。
いや、四人かもしれない。
顔は見えない。
深いフードに隠されている。
足音もない。
言葉もない。
センは思わず後ずさる。
セン
「ユウト……あいつら……誰なんだ……?」
ユウト
「俺の後ろにいろ……」
敵が動く。
速い。
ユウト
「セン!」
ユウトはセンを突き飛ばす。
壁へ。
守るために。
センには何も見えない。
世界がひっくり返る。
振り返った時。
センは見てしまう。
ユウトの身体が宙へ浮く。
地面から引き剥がされるように。
そのまま窓へ。
ガラスを突き破る。
時間が引き延ばされる。
砕けたガラス片。
炎の光を反射しながら空中を漂う。
ユウトの苦しそうな息。
舞い上がる髪。
その瞳に宿る恐怖。
ユウトは手を伸ばす。
センも手を伸ばす。
必死に。
兄の手を掴もうとする。
届くはずだ。
届かなければならない。
一瞬の温もり。
錯覚のような温もり。
指先が触れそうになる。
だが届かない。
センの顔が恐怖に歪む。
二人は見つめ合う。
最後の瞬間まで。
そして――
鈍い音。
重い音。
静寂。
センは割れた窓の前で立ち尽くす。
長すぎる沈黙。
やがて走り出す。
階段を駆け下りる。
ホールを横切る。
外へ飛び出す。
使用人たちは庭に集まっていた。
怯えながら。
すでに警察車両も到着している。
だがセンには見えない。
何も。
何も聞こえない。
割れた窓の真下。
ユウトが倒れている。
動かない。
遠くで小屋が燃えている。
雪が降り始める。
センはその場に崩れ落ちる。
震える手を伸ばす。
だが触れられない。
セン
「ユウト?」
涙が頬を伝う。
センは兄の身体を揺する。
優しく。
セン
「ユウト……」
返事はない。
センは呼び続ける。
セン
「ユウト!」
もう一度。
セン
「ユウト!」
何度も。
何度も。
セン
「ユウト! 起きてよ! ユウト!!」
ユウトの顔は血に染まっている。
目は開いている。
だが何も映していない。
呼吸もない。
後頭部から血が流れている。
頬には涙の跡。
セン
「起きろよぉぉぉっ!!」
センは絶叫する。
その時だった。
突然。
センの両目が真っ白に染まる。
まるで何かに意識を奪われたように。
人々が駆け寄ってくる。
センへ。
そしてユウトの遺体へ。
女性の声
「目を覚まして」
センの瞳は白いまま。
口が大きく開いている。
女性の声
「目を覚まして」
短い沈黙。
女性の声
(さらに強く)
「目を覚まして」
_
ケイリン
「酒井。目を覚ましな」
センは飛び起きる。
目を開いた瞬間。
瞳の奥に残っていた白い光がふっと消える。
灰色の瞳が戻る。
センは布団の上で身体を起こす。
息が荒い。
心臓が激しく脈打っている。
汗で濡れた髪が額に張り付いていた。
ケイリンはそんなセンを見下ろしている。
表情は変わらない。
だが僅かに驚いていた。
その隣では。
信夫が赤ん坊のように眠っている。
ケイリン
「着替えろ」
ケイリンは踵を返す。
そのまま部屋を出ていく。




