味方ではない
冷たい水がエマの全身に降りかかる。
エマは大きく息を吸う。
その拍子に水を飲み込む。
激しく咳き込む。
服が肌に張り付く。
冷たさで息が詰まる。
直後。
サムが落ちてくる。
盛大な水しぶき。
サムは慌てて立ち上がる。
全身を震わせながら。
目を見開く。
サム
(息を切らしながら)
「生きてる!?」
短い沈黙。
サム
「俺たち生きてるのか!?」
エマ
(水面から顔を出しながら)
「うん……」
短い沈黙。
エマ
「最悪……完全に酔いが覚めた……」
原も岸へ辿り着く。
すぐに立ち上がる。
周囲を確認する。
水没した通路。
狭いが進めそうだ。
天井には電線管や配管が複雑に走っている。
暗闇の中の目印になる。
原
「行くぞ」
短い沈黙。
原
「急げ」
三人は膝まで水に浸かりながら進む。
水は冷たい。
淀んでいる。
金属とカビの臭いが鼻を刺す。
頭上ではまだ部下たちの声が微かに響いている。
三人は慎重に進む。
足元は不安定だ。
滑りやすい。
トンネルはやがて広がる。
技術用通路へと変わっていく。
水滴が落ちる音。
遠くの反響音。
そのたびに足を止める。
耳を澄ませる。
やがて。
通路の先に光が見える。
弱い光だ。
非常口。
街の下水道へ繋がる避難経路だった。
原は先へ進む。
出口を確認する。
原
「こっちだ」
三人は下水道へ続く通路へ入り込む。
水位は太腿のあたりまで上がっている。
背後では。
倉庫から響いていた風の音も。
追跡者たちの気配も。
少しずつ遠ざかっていく。
_
原たちはようやく外へ出る。
出口は運河沿いの橋の下へと繋がっていた。
街灯の光が水面に揺れている。
風が吹く。
濡れた服がはためく。
原はシャツを絞る。
エマは思わず視線を向ける。
傷だらけの背中。
鍛えられた身体。
無数の古傷。
サムはそんなエマを見ている。
面白そうに。
エマは肘でサムを小突く。
サム
「痛っ」
原
「エマさん。資料に載っていた名前を教えてもらう」
エマ
「どうして?」
原
「あなたには関係のない話だ」
エマは一歩近付く。
口元には薄い笑み。
どこか挑発的だ。
エマ
「関係ありますよ。あの倉庫が誰のものか知ってます?」
短い沈黙。
エマ
「私は何年も酒井隼人を追ってるんです。だから無関係じゃない」
原は彼女を見つめる。
風が濡れた髪を揺らす。
原
(心の中で)
「酒井隼人の所有地だったのか……やはりシェイドと繋がっている」
原
「よく聞け。何を証明したいのかは知らない」
短い沈黙。
原
「だが、もう忘れたのか?今夜、あなたは殺されかけた。明日かもしれない。二日後かもしれない。一週間後かもしれない」
短い沈黙。
原
「あなたの死体が新聞の一面を飾ることになる…だから手を引け」
沈黙。
エマは唾を飲み込む。
手が震えている。
だが腕を組んで隠す。
深く息を吸う。
エマ
「私が自分のためにやってると思ってるんですか?」
短い沈黙。
エマ
「ただの資料のために殺されかけたんですよ。つまり私はもう巻き込まれてる。あなたがどう思おうと関係ない」
短い沈黙。
エマ
「それに……あなたの銃は何なんです? 魔法使いか何かですか?
センへの取材の時だって覚えてます。他の記者のカメラを素手で壊したでしょう?普通の人間じゃない……」
短い沈黙。
エマ
「何かを隠してる。私はそれを知りたいだけです」
短い沈黙。
エマ
「今ここで追い払われても一人で続けます。そして騒ぎます」
エマは原を真っ直ぐ見つめる。
エマ
「ものすごく騒ぎます」
短い沈黙。
エマ
「だから選んでください…私を守るか。私を監視するか」
原は黙って彼女を見る。
警戒している。
そしてため息をつく。
サム
(小声で)
「それ脅迫ですよね」
エマ
(小声で)
「ありがとうサム。たぶん本人も気付いてる」
原
「なぜ信用できる?」
エマ
「あなたは情報が欲しい。そして私が必要です」
原の目が細くなる。
原
「何も知らない人間を、この件に関わらせるわけにはいかない」
原は背を向ける。
立ち去ろうとする。
エマ
「酒井ユウトが死んだ夜。報告書には凶悪な強盗事件と書かれていました」
原の足が止まる。
エマ
「でも侵入の痕跡がない。侵入者の特徴もない。指紋もない。何もないんです」
沈黙。
エマ
「それなのに一週間もしないうちに捜査終了です」
短い沈黙。
エマ
「史上最高に綺麗な強盗だったか……誰かが急いで蓋をしたか」
短い沈黙。
エマ
「私にはそうとしか思えません」
原はゆっくり振り返る。
エマを見る。
ゆっくりと息を吐く。
原
「なぜそこまで拘る?」
エマ
「それはあなたには関係ない」
短い沈黙。
エマ
「私だって理由なんて聞いてませんから」
原は思わず笑う。
ほんの少しだけ。
口元が緩む。




