廃鉄道倉庫 ③
監視室の机の陰にしゃがみ込んだまま。
エマは原を見る。
酔っている。
だが恐怖だけははっきりしている。
エマ
「……はい」
短い沈黙。
エマ
「逃げましょう。それはすごく良い考えです」
短い沈黙。
エマ
「……で、どこから?」
原は室内を見回す。
換気口。
小さすぎる。
正面出口。
セイラムたちがいる。
側面の扉。
ない。
残る選択肢は一つ。
倉庫の裏側。
錆びた貨車やクレーンが並ぶ区画だ。
原はもう一度だけ部屋を観察する。
金属の壁。
配線。
コンセント。
天井。
そして部屋の奥。
古びた荷物用昇降機。
原の目が止まる。
原
「こっちだ」
短い沈黙。
原
「床下へ降りられる。保守用通路に繋がっているはずだ」
原はエマの腕を掴む。
そのまま引っ張る。
同時に。
廊下の向こうに人影が現れる。
懐中電灯の光がこちらへ伸びてくる。
原は昇降機のハッチを乱暴に開ける。
中には梯子。
暗い空間へ続いている。
原はエマを先に降ろす。
エマは必死に梯子へしがみつく。
その直後。
原も続く。
そして。
手を伸ばし。
ハッチを閉める。
数秒後。
手下たちの灯りが監視室へ差し込んだ。
***
地下通路は低く、埃っぽい。
使われなくなった線路。
天井を這うケーブル。
エマ
(息を切らしながら)
「最悪……」
短い沈黙。
エマ
「こんな陰気な服のまま死ぬかと思った……」
原
「急げ」
短い沈黙。
原
「死体が見つかれば出口は全て封鎖される」
エマ
「最高」
短い沈黙。
エマ
「つまり地図もないトンネルを全力疾走ってこと?」
エマは瞬きを繰り返す。
エマ
「あぁ……」
短い沈黙。
エマ
「吐きそう」
数メートル進んだ時だった。
ガンッ。
金属音。
何かが線路の上を跳ねる。
原は振り返る。
拳銃へ手を伸ばす。
人影が現れる。
トンネルの反対側から。
サムだ。
サム
(息を切らしながら)
「エマ!?」
短い沈黙。
サム
「エマなのか!?」
エマ
(酔ったまま安堵して)
「サミーーー!」
エマ
「なんでここにいるの!?」
短い沈黙。
エマ
「まさか追いかけてきたの!?」
サム
「当たり前だろ!君、完全に酔っ払ってたじゃないか!」
エマ
「でもどうやってここに来たの???」
サムはスマホを見せる。
まだ通話中だった。
非通知。
サム
「倉庫に入る前に電話がかかってきたんだ」
原はスマホを奪い取る。
原
(電話の向こうへ)
「俺に発信機でも付けたのか?」
黒沢
(電話越し)
「すみません、校長」
短い沈黙。
黒沢
「さすがに単独で行かせるわけにはいきませんから」
原はため息をつく。
その時。
頭上から足音。
声。
ハッチが開く音。
セイラムだ。
セイラム
「死体はまだ温かい」
短い沈黙。
セイラム
「犯人は近くにいるぞ。探せ!」
原
「急ぐぞ」
短い沈黙。
原
「今すぐに」
サム
「俺はダクトを滑り降りて入ったんだ! でもあれを登るなんて無理だよ!」
短い沈黙。
サム
「でももう戻れない!」
原
(電話へ)
「黒沢。出口はどこだ?」
黒沢
(電話越し)
「北側に避難用トンネルがあるはずです」
原は通路の奥を指差す。
放置された保守用車両。
原
「あそこだ」
短い沈黙。
原
「サービス線路へ繋がっている」
背後からセイラムの怒声。
セイラム
「生かして捕らえろ!」
遠くで赤い警報灯が点滅する。
部下たちのライトが動く。
原はスマホをサムへ返す。
原
「行くぞ!急げ!」
サム
「ちょっと待って!電話で出口まで案内してもらえば――」
銃声。
弾丸がサムの頭上の柱を撃ち抜く。
コンクリート片が飛び散る。
サム
「うわあああっ!?」
エマとサムは原の後を追う。
全力で。
サム
(半狂乱で)
「何なんだよあいつら!?頭おかしいのか!?」
エマ
(パニックになりながら)
「何なのこれ!?」
息が上がる。
足元がふらつく。
エマは目を瞬かせる。
エマ
「まだちょっと酔ってる……」
短い沈黙。
エマ
「今それ最悪なんだけど……」
サムは彼女の腕を掴む。
サム
「寝るなよ!」
短い沈黙。
サム
「絶対寝るなよ!」
原
(冷静に)
「こっちだ!」
原は脇道へ飛び込む。
狭い横穴。
サムとエマも続く。
通路はどんどん狭くなる。
横向きに近い姿勢で走るしかない。
ライトの光が入口を舐める。
サム
「閉所恐怖症なんだよ俺は!」
二発目。
銃弾が壁に当たる。
破片が飛び散る。
サム
「銃も嫌いなんだよ!」
エマ
(震えながら)
「本気で殺す気じゃないの!?」
サム
「違う違う!見て分かるだろ!?」
短い沈黙。
サム
「夕食に招待したいだけだよ!!」
原
「黙って走れ!」
やがて。
トンネルが開ける。
少し広い空間。
だが。
出口は塞がれていた。
巨大な金網。
沈黙。
サム
(絶望して)
「嘘だろ…嘘だと言ってくれ……」
エマ
「そんな……本当にこの格好のまま死ぬの……?」
背後に光が現れる。
部下たち。
赤い警報灯の中で影が伸びる。
原
「下がれ」
原は拳銃を構える。
共鳴術式が起動する。
轟音。
閃光。
爆発が暗闇を裂く。
衝撃がトンネルを揺らす。
エマは壁へ叩きつけられる。
サムは膝をつく。
金網が吹き飛ぶ。
歪み。
煙を上げる。
部下たちのライトも揺れる。
部下
「いたぞ!」
短い沈黙。
部下
「急げ!」
原
(息を切らしながら)
「通れ!」
短い沈黙。
原
「早く!」
原はエマを押し出す。
エマが最初に通る。
続いてサム。
だが。
服が引っ掛かる。
サム
「待って!」
短い沈黙。
サム
「それお気に入りなんだって!」
原は容赦なく押す。
ビリッ。
上着が破れる。
三人は先へ転がり込む。
その先には縦穴。
真っ暗な深い穴。
梯子はない。
サム
(発狂寸前で)
「……本気かよ」
短い沈黙。
サム
「エマ、お前なんで来たんだよ!!」
原
「ここで間違いないはずだ」
原はサムのスマホを受け取る。
画面を見る。
通話は切れていた。
圏外。
原は小さく舌打ちする。
原
「切れた」
短い沈黙。
原
「どのみち他に選択肢はない」
サム
「ある!降伏っていう素晴らしい選択肢がある!」
エマ
(息を切らしながら)
「サム……後ろ見て」
部下たちはもう目前だ。
原は迷わない。
そのまま飛び降りる。
エマ
「向こうは降伏する気なさそうだけど」
エマも飛び込む。
闇の中へ。
サムは目を閉じる。
サム
「俺たち……」
短い沈黙。
サム
「ただ飲みに行っただけだったのに……」
そして飛んだ。




