廃鉄道倉庫 ①
ミナ
「アサって誰?」
沈黙。
先ほどまでよりも重い。
鋭い沈黙。
日野は瞬きをする。
不意を突かれたように。
小さく咳払いをした。
日野
「昔の友人だよ」
ミナは視線を逸らさない。
嘘だ。
そう確信している。
ゆっくりと。
ミナは素手を父へ伸ばす。
日野の腕へ向かって。
だが。
日野は反射的に身を引く。
椅子が床を擦る。
日野
「何をするつもりだ?」
ミナ
「答えてくれないなら……記憶に聞く」
その声は静かだった。
静かすぎるほどに。
日野は背筋を伸ばす。
表情が硬くなる。
日野
「駄目だ」
短い沈黙。
日野
「それだけは許さない。越えてはいけない一線だ」
ミナの目に怒りが走る。
ミナ
「私に理解するなって言うの?」
短い沈黙。
ミナ
「知ることすら許さないの?」
ミナは勢いよく立ち上がる。
椅子がテーブルにぶつかる。
食器が小さく震える。
そのまま部屋を出て行く。
日野
「ミナ?」
返事はない。
階段を駆け上がる音。
そして。
扉が強く閉まる。
日野は一人残される。
手つかずの皿を前に。
再び訪れた静寂の中で。
***
夜。
エマとサムはバーを出る。
サム
「本当に送っていかなくていいのか?」
エマ
(必死に平静を装いながら)
「大丈夫、大丈夫……問題ないって」
サムはエマをじっと見つめる。
まるで状態を確認するみたいに。
頭の先から足元まで。
だが。
何か言う前に。
エマ
「じゃあね」
サム
「エマ、待て!」
エマ
「だから大丈夫だって! じゃあね!」
エマは手を振る。
そして歩き出す。
サムはその背中を見送る。
少しだけ怪しむような目で。
***
エマは人気のない通りを歩いている。
人影はない。
物音もない。
静寂だけが広がっていた。
やがて。
エマは足を止める。
目の前には廃鉄道倉庫。
昼間に見かけたあの場所だ。
エマは顔を上げる。
再開発計画の看板を見つめる。
そして一歩後ろへ下がる。
少しふらつく。
フードが目元へ落ちてくる。
エマは目を細める。
倉庫の方を見る。
暗闇の向こうへ。
その時。
壊れた窓の奥から微かな光が漏れているのに気付く。
誰かいる。
いや。
何かが動いている。
エマはさらに目を凝らす。
背筋を冷たいものが走る。
エマ
(酔いながらも興味を引かれて)
「……あいつら、こんな所で何してるのよ?」
***
数分前――
夜。
原はバスを降りる。
ゆっくりと。
両手をポケットに入れたまま歩き出す。
目の前には廃鉄道倉庫。
巨大な建物。
閉ざされたまま。
静まり返っている。
風すら吹かない。
淀んだ空気。
倉庫の角では監視カメラのランプが点滅している。
ここだ。
シェイドが潜伏している場所。
原は立ち止まる。
視線が倉庫をなぞる。
金属。
鉄骨。
閉ざされた扉。
何もないように見える。
だが。
静かすぎる。
原は拳銃を取り出す。
そして動く。
枕木の上を慎重に進む。
貨車の影に身を寄せながら。
膝をつく。
地面に触れる。
指先に伝わる感触。
新しい油脂の跡。
かすかに残る痕跡。
最近になって何か重い物を動かしたようだ。
鼻をかすめる臭い。
刺激的な化学臭。
原はさらに進む。
一歩ずつ。
計算された足取りで。
地面を這うケーブルに触れる。
周囲の埃が不自然に乱れている。
誰かが最近触った証拠だ。
原は顔を上げる。
鉄板の隙間。
そこから青白い光が漏れている。
原は倉庫へ近付く。
そして音もなく中へ入る。
静寂。
異様なほど完璧な静寂。
原は木箱とドラム缶の間を進む。
目は鋭い。
身体はいつでも動ける。
指先が拳銃に触れる。
その時。
鼻を刺す臭い。
アンモニア。
溶剤。
そして発酵した植物のような何か。
原はドラム缶の隙間から奥を見る。
一人の男が部屋から出てくる。
中には複数のモニター。
電子機器の駆動音が漏れている。
男は煙草に火をつける。
そして歩き出す。
その背中へ声が飛ぶ。
男①
「おい、その煙草消せ!建物ごと吹き飛ばす気か?」
男②
「そんなに神経質になるなよ」
原は周囲を見る。
積み上げられた大量の缶。
ドラム缶。
危険物の警告表示。
一目で分かる。
抽出物。
溶剤。
前駆体。
原
「……これが、お前のガスか。シェイド」
その時。
足音が響く。
ドラム缶の向こう。
人影がふらつきながら近付いてくる。
原は身を潜める。
いつでも動けるように。
足音は止まらない。
危険なほど近付いてくる。




