パズルの欠片
散らかり放題のアパート。
積み上がった弁当の空き容器。
カーテンは閉め切られている。
部屋を照らしているのはテレビの光だけだ。
ソファではエマが毛布にくるまっている。
寝癖だらけの髪。
虚ろな目。
リモコンを片手にチャンネルを次々と変えていた。
その時。
ドアを叩く音。
エマは驚くほどゆっくり立ち上がる。
そして玄関へ向かう。
扉を開ける。
そこにはサムが立っていた。
カメラマンのサム。
二人はしばらく見つめ合う。
無言で。
表情らしい表情もない。
ただ。
エマの目には疲労と絶望だけが残っていた。
サムは部屋の中を覗く。
サム
「……ルームメイトでもできたのか?」
エマは肩をすくめる。
そして再びソファへ倒れ込む。
サムは部屋に入る。
カーテンを開ける。
次の瞬間。
太陽の光が部屋へ雪崩れ込む。
エマは慌てて毛布に潜り込んだ。
エマ
「サァァァム!!」
サム
「ほら、着替えろ。出かけるぞ」
エマ
「絶対やだ……」
サム
「大丈夫だよ。全部失ったわけじゃない。まだやり直せる」
エマは毛布から顔だけ出す。
エマ
「やり直す?酒井センの件で失敗して?無能だって判断されて左遷されたのに?無理だよ、サム」
沈黙。
エマ
「誰も私たちに二度目のチャンスなんてくれない。ユウトの事件は私の担当だった。それなのに何もできなかった。
沈黙。
エマ
「私たち……役立たずだったんだよ」
沈黙。
サムはエマを見る。
何かを言うべきか迷うように。
そして口を開く。
サム
「エマ。俺だって色々失った……今回の件で、従兄弟ともほとんど縁を切りかけた」
沈黙。
サム
「それでも俺は何とかしたい。だから聞く……これからどうする?このまま部屋の中で腐っていくつもりか?」
***
エマとサムは街を歩いている。
エマは足を引きずるように歩く。
フードを深く被ったまま。
サム
「シャワーくらい浴びてくればよかったのに」
エマはほとんど顔も上げない。
フードがさらに目元へ落ちる。
サム
「まあいいさ。とにかく気分転換は必要だろ」
二人はそのまま歩き続ける。
エマは相変わらず無言だった。
やがて。
古びた鉄道倉庫の前を通り過ぎる。
入口には大きな不動産開発計画の看板。
だが二人は気にも留めない。
そのまま通り過ぎていく。
***
店の中はほとんど空だ。
薄暗い照明。
グラスの触れ合う音。
古い扇風機の回る音。
エマとサムはカウンター席に腰を下ろす。
店主は四十代くらいの男だ。
人懐っこい笑顔を浮かべながらグラスを磨いている。
店主
「よう、サム。元気か? 今日は彼女連れか?」
サム
「同僚ですよ」
エマ
「元、だけどね」
空気が少し冷える。
サムは困ったように笑う。
サム
「まあ……ほら。前に話した件ですよ。俺たちが盛大にやらかしたあの事件」
店主
「ああ、あれか」
店主は首を振る。
小さくため息をつく。
店主
「人生ってのは不思議なもんだよな。全部分かってるつもりでも、気付けば自分がただの観客だったりする」
エマはようやく顔を上げる。
エマ
「観客……それとも操り人形かもね」
店主
「違いない」
サムは居心地悪そうに肩をすくめる。
サム
「おいおい。二人して人生論なんか始めないでくれよ」
店主
「そうだな。まあ俺は語るより飲む方が好きだ」
エマは思わず吹き出す。
自分でも止められないような笑いだ。
店主は三つのグラスを並べる。
店主
「さあ。一杯目は哲学のために。二杯目は希望のために。三杯目は……生き延びるためだ」
三人はグラスを合わせる。
酒が喉を焼く。
だがエマは嫌ではない。
時間が過ぎる。
会話は少しずつ砕けていく。
昔話。
失敗談。
くだらない冗談。
最初はぎこちないエマも。
やがて本当に笑うようになる。
肩の力が抜ける。
フードもいつの間にか落ちている。
寝癖だらけの髪が覗く。
一杯。
もう一杯。
さらにもう一杯。
酒を飲むたびに。
新聞社への怒りが。
自分への怒りが。
少しずつ溶けていく。
エマ
(酔いながら)
「ねえ……酒井家ってさ。なんか変じゃない?」
サム
(酔いながら)
「変だよなあ」
短い沈黙。
サム
「俺たちあいつらの家の前で二日も張り込みしてたんだぜ。しかも茂みの中で」
サムは店主を見る。
サム
「笑うだろ?」
店主は眉をひそめる。
店主
「それはまた……楽しそうだな」
エマ
「とにかく怪しいの。数年前に長男が死んでるのに、正式な検死報告書もない。証言したのも家族だけ。犯人の痕跡も何も残ってない」
サム
「しかもその一年後だ。今度は末っ子の酒井センが生徒を半殺しにして昏睡状態にした」
エマ
「そうそう! 絶対まともな一家じゃないって!」
店主は鼻で笑う。
店主
「金持ちなんてそんなもんさ。頭の中にあるのは商売と金儲けだけだ」
短い沈黙。
店主
「酒井家だってそうだ。あの廃鉄道倉庫を潰して、新しい施設を建てるらしいからな」
エマの表情が変わる。
酔っているはずなのに。
目だけが鋭くなる。
エマ
「廃鉄道倉庫……?」
店主
「ほら、あの古い線路の近くのやつだよ。酒井隼人が持ってる廃鉄道倉庫」
短い沈黙。
店主
「あそこ更地にしてマンションだか商業施設だかを建てるらしい……まあ俺は文句ないけどな。工事の連中も来るし、その後は客も増えるだろうし」
だが。
エマはもう話を聞いていない。
意識は別の場所にある。
***
夜。
田舎家は息を潜めている。
居間の小さな照明だけが灯っていた。
丸い黄色の光。
暗闇の中に小さな輪を作っている。
日野は料理をテーブルに並べる。
皿が小さく触れ合う音。
慎重な手つきだった。
沈黙。
重い沈黙。
ミナは視線を落とす。
黙ったまま食事を口へ運ぶ。
機械みたいに。
日野
「大丈夫?」
短い沈黙。
日野
「さっきからほとんど話してないだろ」
ミナは頷く。
顔は上げない。
日野はその様子を見ている。
ほとんど食べていない。
何かを考えている顔だ。
日野は迷う。
指先が机を軽く叩く。
落ち着かない。
数秒が過ぎる。
日野
「なあ……何か気になることがあるなら話してくれ」
ミナはようやく顔を上げる。
真っ直ぐな視線。
どこか冷たい。
ミナ
「アサって誰?」




