静かな夜
ミナは階段を下りる。
家中の窓が開け放たれていた。
日野は掃除の真っ最中。
埃を外へ逃がしている。
ミナ
「ねえ、これ見て」
ミナは木のツバメを差し出す。
ミナ
「これって私の?」
日野は近づく。
眉をひそめる。
日野
「さあな……たぶん違うと思う。ここを出た後、誰かが住み着いていたのかもしれない」
ミナ
「ここに?」
日野
「ああ。長い間空き家だったからな。俺たちの物じゃない物もいくつか見つけたし」
ミナは木のツバメを見る。
指先でゆっくり回す。
何度も。
何かを思い出そうとするように。
***
月明かりが神殿の庭を淡く照らしている。
風が竹の葉を揺らす。
静寂。
聞こえるのは葉擦れの音だけだった。
センは縁側に腰掛けている。
足をぶらぶらと揺らしながら。
冷たい石畳を見つめていた。
信夫
「眠れないのか?」
セン
「はい……あまり」
信夫はセンの隣に腰を下ろす。
そして小さく笑った。
セン
「何がおかしいんですか?」
信夫
「慧 も最初の夜は眠れなかった。その後もしばらくな」
セン
「原先生とはどうやって知り合ったんですか?」
信夫
「そうだな……」
短い沈黙。
信夫
「俺がまだ若かった頃だ。助けられたんだよ」
センはそれ以上聞かなかった。
一匹の蛍が二人の前を横切る。
まるで昔の記憶みたいに。
セン
「原先生って不思議ですよね…誰よりも先を見てる気がするんです。まるで全部の結末を知ってるみたいに」
信夫は肩をすくめる。
信夫
「実際は逆だよ。理解する前に動くことの方が多い」
短い沈黙。
信夫
「それがあいつのやり方だ」
センは少し笑う。
感心しているような。
呆れているような。
信夫
(笑いながら)
「でも安心しろ」
短い沈黙。
信夫
「不思議なことに、あいつはあまり間違えない」
沈黙。
再び風が吹く。
軒先の風鈴が静かに鳴った。
信夫は立ち上がる。
信夫
「さあ、寝ろ。明日はケイリンがお前を見る、まるで解剖でもするみたいにな」
短い沈黙。
信夫
「いや……あれは比喩じゃないな」
センは顔を上げる。
セン
「全然安心できないんですけど」
信夫
(笑う)
「安心してたら何も学べないだろ」
信夫はズボンの埃を払う。
そして暗闇の中へ歩いていく。
センはしばらくその場に残る。
月を見上げながら。
***
シェイドは斎藤勧三郎の屋敷の応接間に立っている。
微動だにしない。
目の前には夜の街。
どこまでも広がっていた。
雨が窓を激しく叩く。
雫が不規則に流れ落ちる。
揺れる光。
滲む街並み。
ガラスに映るシェイドの姿も歪んでいた。
鬼の仮面。
まるで砕けているかのように。
背後の扉が開く。
車椅子のモーター音が静寂を切り裂く。
シェイドは振り返らない。
シェイド
「全て予定通りだ」
斎藤 勘十郎
「私の忍耐にも限界がある。それが口先だけではないと、どう証明するつもりだ?」
シェイド
「その娘なら俺が直接連れてくる」
沈黙。
やがて。
勘十郎の口元がわずかに歪む。
斎藤 勘十郎
「最初の送金は今朝済ませた。残りは――」
短い沈黙。
斎藤 勘十郎
「ミナがこの扉をくぐった時だ」
勘十郎は車椅子を反転させる。
廊下へ向かう。
斎藤 勘十郎
「来い。四回目の投与が待っている」
シェイドはしばらく街を見つめている。
雨は降り続いていた。
窓を叩き続けている。
やがて。
シェイドは背を向ける。
そして静かに後を追った。




