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関わるということ

センは共用スペースに入る。

空気は暖かく、料理の匂いと生徒たちのざわめきに満ちている。コンロの周りで忙しく動く者もいれば、ソファにだらりと座って談笑する者もいる。大きな窓から差し込む光が、本棚を明るく照らしている。


あやめ

「酒井!早く来て!復習まとめてきたの!」


センは一瞬固まる。

返事をする間もなく、あやめが素早く近づき、彼の腕をつかんでそのまま引っ張っていく。


_


二人は小さなテーブルに向かい合って座る。

あやめは楽しそうに話し続けるが、センの意識は別のところにある。視線は室内を巡り、生徒たちの動きや周囲の配置を静かに観察している。


時間だけが過ぎていく。

どうやってあやめから抜け出すか考えていると――


あやめ

「教科書忘れた!ちょっと待ってて!」


彼女は立ち上がり、少し離れた場所にある鞄へ向かう。

その隙にセンも立ち上がり、キッチンへと向かう。そこでは雄輝とヒラキがすでに料理をしている。


セン

「……よ。」


ヒラキ

「酒井!一緒に食べるか?」


センは火にかけられた鍋を見る。


セン

「何これ。」


ヒラキ

「野菜スープ。」


センはわずかに顔をしかめる。


雄輝

「ヒラキの母ちゃん、フランス人だからさ……」


ヒラキ

(苛立って)

「雄輝……」


雄輝

「え?だって母親がフランス人って言っただけじゃん。

(センに)

こいつ、プライベートな話されるの嫌いなんだよ。」


センはちらりと視線をやる。

あやめが向こうで手を振っている。苛立った様子で。


あやめ

「酒井!来て!」


そのとき、ミナが共用スペースに入ってくる。

肩を落とし、視線は床に向いたまま。


センの中で、わずかな静寂が生まれる。

何かを決めるように。


センはスープの入った器を一つ取り、あやめの方へ向かう。


ミナの横を無言で通り過ぎる。

そのとき、彼の動きで生まれたわずかな風が、ミナの髪をかすかに揺らす。


ミナは、センがあやめへ向かうのを見る。


――次の瞬間。


センの足がラグの端に引っかかる。

器が宙に浮く。


野菜スープが、不自然な軌道を描き――

そのまま、あやめの髪と服に直撃する。


凍りつくような静寂が落ちる。


あやめはその場に固まる。

スープが肩を伝い、整えられた髪の間を流れていく。


――そして、笑いが弾ける。


キッチンやソファの周りにいた生徒たちが、一斉に吹き出す。


あやめは甲高い悲鳴を上げ、勢いよく立ち上がると、そのまま走り去る。

後にはスープの跡と、呆然とした視線だけが残る。


ヒラキは無理に笑顔を作る。

唇を引き結び、不快感を隠そうとしている。

すぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように鍋へ戻る。


センはゆっくりと体を起こす。

あやめの去っていく方向から、ミナへと視線を移す。


ミナはセンを見つめる。

その目は、確かめるように。


――今のは、事故?

それとも……わざと?


わずかな興味が、その瞳に宿る。

だが、何も言わない。


そしてそのまま背を向け、寮の廊下へと消えていく。


***


センはベッドに腰かけ、ナイフを手に小さな木片を削っている。

刃が木を削る規則的な音――


だが、そのリズムは突然、大きな軋みで遮られる。

上の部屋で、また家具が動く音。

またか……今度は何してるんだ。


しばらくの静寂――


それから、コツ、コツ、コツ。


続いて、ギシッ……ガリッ。


センはびくっと肩を揺らす。

小さくため息をつく。苛立ちを隠さずに。


再び静寂。


だが数秒後、また軋む音。まるでわざとやっているかのように。

センは天井を見上げる。


セン

「マジかよ……」


ゆっくりと立ち上がる。


***


ミナはクローゼットを全力で押す。

家具が軋む――そして、ようやく動く。

苛立ちのままに押しのけ、後ろの空間を露わにする。


その視線が、壁へと向く。

ミナの目が暗くなる。


少しずつ、肩が落ちていく。

力が抜ける。


涙が頬を伝う。

静かに、だが止まらない。


抑えようとはしない。

久しぶりに、自分の悲しみをそのまま受け入れる。


――そのとき。

ドアがノックされる。


セン

「おい!日野、ちょっと静かにしてくれないか?」


ミナはびくっとする。

センの声。話す気分じゃない。


ミナ

「放っといて。」


センは顔をしかめる。

プライドを少し傷つけられたように。


セン

「はあ!?マジで?さっき水野のことで手貸してやったのに、その言い方かよ?」


ミナは眉をひそめる。疑うように。


ミナ

「わざとやったの?」


セン

(少し得意げに)

「まあ……ちょっとな。」


ミナはその態度に苛立つ。


ミナ

(きっぱりと)

「じゃあ、あいつと同じだね。」


センは言葉を失う。


セン

(苛立って)

「は?ふざけてんのかよ!」


ミナ

「行って。」


センは一瞬迷う。

そして少しだけ声を落とす。


セン

「……大丈夫?なんか様子おかしいぞ。」


ミナは動揺する。

指先を噛む。――なんで分かったの?どう答えればいい?


セン

「その……さっきは悪かった。

助けるつもりだったんだ。……ごめん。」


センが背を向ける。

そのとき、ミナの声が止める。


ミナ

「別に怒ってない。ただ……」


少しだけ視線を落とす。


ミナ

「助けてるつもりでも、逆になることもあるってだけ。」


センは足を止める。

沈黙。


セン

(小さく)

「……そうか。」


一瞬、言葉を探す。


セン

「俺、そういうの向いてないみたいだな。」


ミナ

(少し興味を持って)

「どういう意味?」


ミナはドアの近くに座り込む。

壁にもたれながら。

センも廊下に腰を下ろす。

背を壁に預ける。


セン

「まあ……普段はさ。」


わずかに視線を逸らす。


セン

「あんまり人と関わらないようにしてるってこと。」


ミナは眉をひそめる。


ミナ

「なんで?」


セン

「取材でもしてんのか?」


ミナは小さく笑う。


ミナ

「ちょっと面白いね、それ。」


少しだけ間。


ミナ

「うちの母親、記者だったの。」


セン

「へえ。今はもう引退したのか?」


ミナは数秒黙る。

ほんの一瞬、懐かしさがよぎる。

――すぐに消える。


ミナ

「質問に答えてないけど。」


セン

「そっちもな。」


ミナ

「先にそっち。」


セン

(小さくため息)

「……分かった。」


少し間。


セン

「なんていうか……」


言葉を選ぶ。


セン

「時々さ……自分が“物”みたいに感じるんだ。」


沈黙。


セン

「誰かのために、何かの役に立たなきゃいけない……みたいな。」


ミナの表情が、わずかに変わる。

頭の中に、原の言葉がよぎる。


――酒井センについて、どう思う?

――彼に近づけ。

――酒井は、もうお前のことを信頼してる。本人は気づいてないけどな。


ミナ

「……そっか……」


――そのとき。


雄輝

「酒井!」


センは反射的に立ち上がる。

顔が一気に赤くなる。


ミナのドアから距離を取る。

逃げ場を探すように視線を彷徨わせる。


廊下の先で、雄輝とヒラキがニヤニヤしている。


ヒラキ

「何してんだ?」


セン

「な、何でもない!」


雄輝

「へえ……

(間)

ちょっとさ、話あるんだけど。」


センはわずかに目を細める。

興味を引かれたように。


***


夜の寮は、深く静まり返っている。


ミナはベッドに横たわっているが、眠気はまったく訪れない。

何度も寝返りを打つ。シーツは足に絡みつき、うつ伏せになって腕を伸ばし、左を向き、右を向き――まるで眠ること自体が理解できない遊びのようだ。


仰向けになる。

足を持ち上げ、折り曲げ、組み替え、枕を顎の下に押し込もうとする――

どれもダメだ。


どの姿勢も、さっきより落ち着かない。


ため息。

小さな唸り。

苛立ち混じりのかすかな声。


ミナは深く息を吸い、思考を少しだけ解き放つ。


「時々さ……自分が“物”みたいに感じるんだ。」

「誰かのために、何かの役に立たなきゃいけない……みたいな。」

「酒井は、もうお前のことを信頼してる。本人は気づいてないけどな。」


ミナの肩から、少しずつ力が抜けていく。


頭の中で形になりかけていた決意が――

今、はっきりと固まっていく。


***


センは床に座り、ベッドにもたれかかっている。手には小さなナイフ。

器用な指が木片をゆっくりと削っていく。その一つ一つの動きが、苛立ちや思考を外へ逃がしているかのようだ。


部屋は静かだ。

刃が木を削る、かすかな音だけが響いている。


背中を預けているベッドには、まだシーツがかかっていない。

きれいに畳まれたまま、机の上に置かれている。


閉じられたままのスーツケースが床に転がっている。


ベッド脇の棚には、翼の折れた小さなツバメ。

それが静かに彼を見つめている。


――そのとき。


窓に、コツンと硬い音。


センは顔を上げる。

立ち上がり、窓を開ける。


茂みの向こう。

ミナがフードを被り、地面に這いつくばるようにしてこちらを見ている。どこか沈んだ様子の、素人スパイみたいだ。


ミナ

(小声で)

「……いいよ。手伝ってあげる。ここから出るの。」


ミナは立ち上がろうとして、つまずく。


センは目を細める。疑うように。


セン

「……選択、間違えたかもな。」


ミナはすぐに眉をひそめる。


ミナ

(小声で、不機嫌に)

「言っとくけど、私ここで育ったんだから!この学校のこと、誰よりも知ってる!」


センは一瞬止まる。


セン

「……ここで育った?」


ミナは目を見開く。

そして両手を上げ、大げさにとぼける。


ミナ

「え?違う違う、たとえ!

(間)

それで?行くの?」


セン

「今?いや……まだだ。」


ミナは露骨に不満そうな顔をする。


ミナ

「はあ!?ふざけてるの?」


センは少しだけ視線を逸らす。


セン

「……金が必要なんだよ。」


ミナ

「は?」


セン

「藤本と西川がさ、教えてくれたんだ。」


少し間。


セン

「知識コンテストがあるって。」


ミナは眉をひそめる。


セン

「そこで八十万円勝ち取って……」


一瞬、言葉を切る。


セン

「そのあと、ここから消える。」


ミナは吹き出す。

遠慮のない、はっきりした笑い。


セン

(呆れて)

「何がそんなにおかしい。」


ミナ

「この学校、この国でもトップクラスだよ?」


一歩、近づく。


ミナ

「親のコネで入ってきたお坊ちゃんが、本気の天才相手に勝てると思ってるの?」


センの表情が一瞬で固まる。

何も言わない。

勢いよく窓を閉める。


ミナ

「ちょっと!開けてよ!それに私のネッ――」


言葉が止まる。

まばたき。

視線が下がる。

ネックレスは、すでに彼女の首にかかっている。

センはそれに気づく。

手が止まる。

驚きと戸惑いが、顔に浮かぶ。


セン

「……もう取り返してたのか?」


わずかに眉をひそめる。


セン

「どうやって……?」


ミナも固まる。

視線を逸らす。

どこか気まずそうに。

そして――

一瞬で走り出す。

茂みの中へ消える。

まるで影のように。

センはしばらく窓の前に立ち尽くす。

口を開けたまま。

今の出来事が現実だったのかどうか、判断できないまま。


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