影の巣
原の足音が静かな廊下に響く。
表情は硬い。
迷いはない。
原は監視室へ入る。
先ほどまでの穏やかな顔はもうない。
いるのは学園長だけだ。
そして。
戦略家。
原慧
「見つけたのか」
黒沢が頷く。
端末を操作する。
衛星写真が表示された。
古い画像。
解像度も低い。
映し出されているのは廃鉄道施設だった。
錆びた線路。
崩れかけた倉庫。
何年も前に使われなくなった場所。
信夫
「東地区の旧鉄道施設か……どうしてそこなんだ?」
黒沢
「ネットワークから切り離されているからです。産業用の熱センサーもまだ生きています。
忘れられた場所だからです」
さらに拡大する。
一つの倉庫が浮かび上がる。
黒沢
「そして何より――」
別の資料を表示する。
古い設計図。
忘れ去られたインフラ計画。
信夫が目を細める。
信夫
「……地下配電線か」
黒沢
「ええ。学園の近くを通っています」
信夫
「こっちのシステムの動きまで拾える距離だ」
原は画面を見つめる。
沈黙。
信夫
「どうします?」
原はすぐには答えない。
数秒。
静寂が流れる。
原慧
「まだ動かない。ミナがここにいるうちはな」
***
ミナは勢いよく部屋の扉を開ける。
そして閉めた。
大きな音。
鍵を掛ける。
カチリ。
ミナはその場に立ち尽くす。
息が苦しい。
心臓が速い。
速すぎる。
胸が痛いほどに。
視線が鏡へ向く。
クローゼットの鏡。
頬には涙の跡。
いつ流れたのか分からない。
ミナは胸元へ手を伸ばす。
首飾り。
熱い。
まるで燃えているみたいだった。
ミナが顔をしかめる。
何かが胸の奥へ沈んでいく。
重く。
苦しく。
――
回想。
備品室。
センの指先が髪に触れる。
――
幻視
ミナは棺の前に立っている。
蓋は開いていた。
中にはユウト。
冷たい。
青白い。
動かない。
その隣。
センがいる。
まだ十五歳。
目は赤い。
だが。
泣いてはいない。
表情は固く閉ざされている。
怒りだけが残っていた。
凍りつくような怒り。
必死に押し殺している。
その隣には隼人。
そして冷煌 。
ミナには全てが伝わってくる。
胸を押し潰す悲しみ。
行き場のない怒り。
果てのない孤独。
――
ミナはベッドへ倒れ込む。
身体を丸める。
胎児のように。
呼吸が乱れる。
身体が震える。
止まらない。
両手で顔を覆う。
もう目を開けたくなかった。
――
幻視
古い神殿。
静寂。
荘厳な空気。
壁には見たこともない紋様。
長い年月に削られている。
光と影が揺れていた。
まるで生きているように。
その先。
巨大な鏡。
囁き声が聞こえる。
無数の声。
重なり合う。
何を言っているのか分からない。
冷たい風が吹き抜ける。
首飾りが震える。
そして――
足元が崩れる。
そこにあったのは死体だった。
無数の死体。
血。
悲鳴。
雨が降っている。
だが水ではない。
灰だ。
悲鳴が大きくなる。
鋭く。
耳を裂くほどに。
そして――
――
ミナは勢いよく目を開く。
激しく息を吸う。
溺れていた人間が水面へ飛び出したように。
部屋は静かだった。
何も変わっていない。
首飾りはまだ熱い。
ミナは天井を見つめる。
身体はまだ震えている。
夢じゃない。
そんな気がした。
いや。
違う。
ミナには分かっていた。
あれは夢じゃない。
***
ネオンが明滅している。
金属製の広い空間。
どこかで水滴の落ちる音が響く。
一定のリズム。
突然。
列車が通過する轟音。
壁がわずかに震えた。
部屋の中央。
巨大なモニター。
そこには街の映像が映し出されている。
ハッキングした監視カメラの映像だ。
その前に立つ男。
シェイド。
微動だにしない。
仮面が冷たい光を反射していた。
背後の扉が開く。
ゆっくりとした足音。
一人の男が近づいてくる。
完璧に仕立てられたスーツ。
手にはアタッシュケース。
この場所には不釣り合いなほど整った姿だった。
男
「酒井の最新報告だ。動きはあるだが今のところ緊急性はない」
シェイド
「大臣は?」
男
「怯えてる。酒井の影に隠れたままだ」
シェイド
「警戒は続けろ」
男
「今こそ動くべきだ。皆が混乱してる今なら」
シェイド
「いや。慎重に進める」
短い沈黙。
シェイド
「安心は人を眠らせる。だが恐怖は人を目覚めさせる」
シェイドが振り返る。
シェイド
「お前が一番よく知っているだろう....義」
シェイドの前に立つのは中村義。
総務大臣・黒川翼の側近。
義
「なら教えてくれ何を企んでいる。報告書を見る限りお前は誰にも知らせず休眠セルを動かした」
シェイドは何も答えない。
義
「どうして鏡ヶ丘高等学校へ行った?」
シェイド
「大したことじゃない。ただの陽動だ」
短い沈黙。
シェイド
「しばらく留守にする。セイラムには指示を残してある」
義はアタッシュケースに手を置く。
義
「今?」
シェイド
「駒は揃った。勝手に動くものもある。少し手を加える必要があるものもな」
義
「あと何回やるつもりだ。斎藤 勘十郎は危険だ。資金なら他の方法で調達できる」
シェイドは黙って義を見る。
鬼の仮面。
それだけで空気が張り詰める。
シェイド
「政府の目から俺を影にしておけ。それがお前の役目だ。それ以外に口を出すな」
義はため息をつく。
それでも。
最後には静かに頷いた。
不安は消えていなかった。




