学園祭 ①
夕日が沈みかけている。
校舎には電飾が張り巡らされていた。
金色の光が夜を照らしている。
だが。
空気はどこか張り詰めていた。
警備員たちが巡回している。
低い声で連絡を取り合う者。
周囲を警戒しながら歩く者。
手には無線機。
生徒たちは少人数のグループで歩いている。
向かう先は学園祭の会場だ。
笑い声は聞こえる。
だがいつもより小さい。
無線の雑音。
警備員の足音。
それらにかき消されていた。
あやめはジュンとミユの間を歩いている。
警備員が横を通り過ぎる。
生徒たちを一人ずつ確認しながら。
そのまま巡回へ戻っていく。
ミユ
(小声で)
「ちょっと大げさじゃない?まるで戦争でも始まるみたい」
あやめ
「確かに……ちょっと多いかも」
ジュン
(肩をすくめながら)
「名門校だし。警備が厳しいのは普通でしょ」
三人は顔を見合わせる。
そして少しだけ笑う。
不安が少しずつ薄れていく。
ミユ
「それよりさ....あやめ誰かに誘われたの?」
あやめ
「誰にも」
ジュン
(頬を膨らませながら)
「本気?センにも?」
あやめ
「セン?」
短い沈黙。
あやめ
「もう興味ない」
ジュンとミユが顔を見合わせる。
どこか納得していない様子だった。
三人は会場へ入る。
光が彼女たちを包む。
だがその背後では。
警備員たちが巡回を続けている。
指は常にイヤホンへ伸びていた。
***
祝賀ホールは完全に姿を変えていた。
無数のイルミネーション。
華やかな装飾。
そして大きなビュッフェ。
生徒たちは会場を行き交っている。
笑い声。
談笑。
飲み物やお菓子を手にした姿。
すでに踊り始めている者もいた。
賑やかな音楽が流れている。
会話はその中へ溶けていく。
会場全体がどこか現実離れした温かさに包まれていた。
今だけは。
鏡ヶ丘高等学校も普通の学校に見える。
デザートテーブルの近く。
センは一人で立っていた。
グラスを手にしている。
だがまだ一口も飲んでいない。
視線が会場を流れる。
飾り付け。
笑い声。
そして。
ある人物で止まる。
ミナ。
会場へ入ってくる。
ドレス姿。
センは思わず目で追ってしまう。
ミナは目立たないようにしている。
人混みを抜ける。
そして会場の隅へ向かった。
センは視線を逸らす。
原の言葉を思い出す。
距離を置け。
センはグラスを握り直した。
_
一人の生徒が慌てた様子で駆け寄ってくる。
生徒
「信さん!廊下で誰かが消火器を噴射したみたいです!」
信夫は顔を覆う。
信夫
「勘弁してくれよ……」
隣では。
原がわずかに視線を逸らす。
笑いを堪えているようだった。
だが。
ふと視線が止まる。
ミナ。
壁にもたれかかっている。
一人で。
ダンスフロアから離れた場所だった。
原は近づく。
原慧
「踊らないのか?」
返事はない。
ミナは虚空を見つめている。
音楽も。
光も。
どこか遠いもののようだった。
原慧
「少しは楽しめ」
短い沈黙。
原慧
「お父さんから聞いてないかもしれないが……お前たちはしばらく学校を離れることになる」
ミナが眉をひそめる。
ミナ
「どういうこと?」
原慧
「シェイドの目的を知る時間が必要なんだ。学校の外の方が安全だ」
ミナ
「でもここが一番安全なんじゃないの?」
原慧
「シェイドは一度ここに入り込んだ...だからこそだ。
ミナは視線を逸らす。
反応は薄い。
まるで興味がないようだった。
ミナ
「センも一緒なの?」
原慧
「いや」
短い沈黙。
原慧
「センには別の場所へ行ってもらう」
原慧
「俺の知り合いの女性だ。今あいつの身に起きていることを理解する助けになるかもしれない」
沈黙。
ミナ
「そう……」
ミナは視線を落とす。
原はその表情を見つめる。
だが何も言わない。
会場の音楽が響いている。
笑い声。
拍手。
歓声。
まるで別の世界の出来事だった。
_
センの隣には雄輝とヒラキがいる。
雄輝
「おいヒラキ。いつまで落ち込んでるんだよ」
ヒラキは答えない。
ホイップクリームを直接口に入れる。
センがスプーンを取り上げる。
セン
「水野と話せ」
ヒラキが顔を上げる。
あやめを見る。
友人たちと踊っていた。
ヒラキ
「無理。また恥かくだけだ」
セン
「別に死ぬわけじゃないだろ」
雄輝
「なあ」
雄輝が目を細める。
雄輝
「二年前に何やらかしたんだよ」
ヒラキが固まる。
ヒラキ
「話したくない……」
セン
「誰だって失敗はする」
ヒラキ
「でもあの時は...失敗したことすら分かってなかったんだ」
短い沈黙。
ヒラキ
「それなのに..どうして今もあやめは怒ってるんだよ……」
雄輝
「だったらさ…まず謝ればいいじゃん」
ヒラキは雄輝を見る。
死んだような目。
口の周りにはホイップクリームが付いたままだった。
その時。
原が近づいてくる。
原慧
「酒井。少し話がある」
センがわずかに肩を震わせる。
セン
「今ですか?」
原慧
「そうだ。何か問題でもあるのか?」
センは視線を向ける。
ミナ。
一人ではない。
男子生徒が話しかけている。
何かを言う。
ミナは困ったような顔をしていた。
男子生徒が手を差し出す。
ダンスに誘っているらしい。
センはゆっくり息を吐く。
原慧
「酒井?」
セン
「いえ。大丈夫です」
二人は人混みから離れる。
廊下へ。
音楽が遠ざかる。
笑い声も。
何もかもが少しずつ小さくなる。
原慧
「今夜のうちに荷物をまとめておけ。明日出発だ」
センは肩を落とす。
何も言わない。
ただ頷いた。
そして会場へ戻ろうとする。
来た時よりも足取りは重かった。
原慧
「酒井」
センが足を止める。
原慧
「ミナには話すな」
短い沈黙。
原慧
「つらいだろうが。全部あいつのためだ」
センは歯を食いしばる。
セン
「分かっています」
再び歩き出す。
光の方へ。
音楽の方へ。
笑い声の方へ。
だが。
心のどこかで。
何かが静かに閉じていく音がした。




