ユウトの死亡調査資料
数分が過ぎる。
センは西棟の廊下で待っている。
静かに。
じっと。
やがて。
廊下の奥の明かりが消える。
合図だった。
センが動く。
足音はほとんど響かない。
一枚の扉の前で立ち止まる。
隼人の執務室だ。
鍵がかかっている。
センが顔をしかめる。
そして膝をつく。
手を伸ばす。
絨毯の上。
探る。
一度。
二度。
三度。
そして。
動きが止まる。
何かに触れた。
センは絨毯の下へ手を滑り込ませる。
引き抜く。
鍵だった。
センが小さく息を吐く。
カチッ。
鍵が開く。
_
隼人の執務室は闇に包まれている。
センは静かに扉を閉める。
そしてスマホを取り出す。
ライトを点ける。
白い光が部屋を横切る。
心臓が速くなる。
何を探しているのか。
自分でも分からない。
だが一つだけ確信している。
もしシェイドがあの事件に関わっているなら――
答えはここにある。
センは引き出しを開ける。
一つ目。
空だ。
二つ目。
何もない。
三つ目。
手が止まる。
センは中を見つめる。
一冊のファイル。
ユウトの死亡調査資料だ。
ゆっくりと手を伸ばす。
指が震えている。
センはファイルを机の上に置く。
そして動けなくなる。
開くだけだ。
それだけなのに。
身体が言うことを聞かない。
やがて。
深く息を吸う。
そして最初のページをめくる。
警察の報告書。
日付。
場所。
死亡推定時刻。
見慣れた言葉ばかりだ。
何度も聞いたことのある内容。
だが。
視線が止まる。
一文。
ただ一文。
『現場にトラマ関連人物がいた可能性が高い』
トラマ……。
センはページをめくる。
写真。
規制線。
血痕。
ユウトの遺体。
センはすぐに目を逸らす。
息を整える。
そして読み進める。
一枚。
また一枚。
その時だった。
資料の途中に別の紙が挟まっている。
ホチキスで留められていた。
手書きのメモ。
公式資料ではない。
誰かが後から加えたものだ。
センの指が強く握られる。
『酒井様。
約束通り資料をお渡しします。
本物の資料です』
心臓が跳ねる。
署名。
KM。
KM?
本物の資料?
それはつまり――
公式の捜査結果は。
存在しなかった?
センが固まる。
妙な感覚。
忘れていた記憶。
思い出せない夢。
そんなものが胸の奥で揺れていた。
_
――二年前。
酒井家。
十五歳のセンは眠りの中で異臭を感じる。
焦げたような臭い。
目を開く。
遠くから音が聞こえる。
パチパチと。
不規則な音。
その後。
屋敷の壁越しに人の声。
センは飛び起きる。
心臓が嫌な速さで脈打っている。
窓の外。
橙色の光が揺れている。
火事……?
センは慌てて着替える。
部屋を飛び出す。
廊下は騒然としていた。
使用人たちが走り回る。
怒鳴り声。
指示。
中庭では警鐘が鳴っている。
大きな窓の向こう。
炎が見える。
敷地の奥にある小さな小屋。
センとユウトが一緒に木彫りをしていた場所だ。
木材が悲鳴を上げる。
崩れる。
炎に飲み込まれていく。
誰もが外へ向かう。
だが。
センは人の流れに逆らう。
屋敷の奥へ走る。
セン
「ユウト!?」
返事はない。
センは兄の部屋へ飛び込む。
誰もいない。
セン
「ユウト!?」
センは西棟近くの脇廊下へ向かう。
そこで見つける。
廊下の奥。
ユウトが立っている。
片手で脇腹を押さえていた。
手は血に染まっている。
呼吸は荒い。
顔色は青白い。
苦痛に耐えるように歯を食いしばっていた。
_
センは反射的にファイルを放り出す。
後ずさる。
一歩。
また一歩。
呼吸が乱れる。
まるで。
幽霊でも見たかのように。
その時。
センの瞳が白く染まる。
―――
目を開く。
屋敷の前庭。
地面に横たわっている。
遠くでは炎が燃えている。
セン
「これは……」
視界がぼやけている。
セン
「記憶か?」
誰かが駆け寄ってくる。
男だ。
セン
「俺の……?」
両手を前へ伸ばしている。
倒れている誰かを支えようとするように。
―――




