欺き
納屋の扉が開く。
一人の男が入ってくる。
ゆっくりと。
背筋を伸ばしたまま。
長いコート。
黒い革手袋。
足取りは落ち着いている。
静かで。
どこか優雅ですらあった。
酒井隼人。
その後ろには冷煌。
扉の前に立ったまま動かない。
影のように。
隼人はアヤの前まで歩く。
シオの目が鋭くなる。
酒井隼人
「小林アヤ」
短い沈黙。
酒井隼人
「原慧とは何者だ?」
アヤ
「私は……」
声が震える。
アヤ
「個人的には知りません。記事を書くために会っただけです」
隼人はアヤを見つめる。
ほとんど瞬きをしない。
酒井隼人
「"レジスタ"ーにいたそうだな」
長い沈黙。
酒井隼人
「ならタミを知っているな」
アヤの目が見開かれる。
視線が落ちる。
酒井隼人
「優秀な記者だった。執念深く……少々好奇心が強すぎた」
アヤの肩が強張る。
酒井隼人
「答えろ」
ハタ シオ
「アヤに構うな!このクソ野郎!」
次の瞬間。
シオが苦しみ始める。
見えない何かに身体を締め付けられているようだった。
苦痛の叫びが納屋に響く。
アヤが慌てる。
拘束を振りほどこうとする。
アヤ
「やめて!彼には関係ない!」
隼人は黙っている。
シオの悲鳴は続く。
アヤの目に涙が溜まる。
酒井隼人
「答えろ。さもなければ君の人生を地獄に変える」
その瞬間。
アヤの視界が歪む。
恐ろしい光景が流れ込む。
死そのもの。
母親へ手を伸ばす。
妹へ手を伸ばす。
原へ手を伸ばす。
次々と奪っていく。
アヤは歯を食いしばる。
意識を失わないように。
心を折られないように。
そして。
隼人を睨み返す。
アヤ
「あなたが何者か知ってる。綾柳」
隼人の眉が動く。
次の瞬間。
怒りが走る。
隼人がナイフを抜く。
そして。
アヤの太腿へ突き刺した。
アヤが悲鳴を上げる。
酒井隼人
「答えろ!タミと原に関係はあるのか?!」
アヤが顔を上げる。
目は揺れない。
そして。
ふっと笑った。
皮肉だった。
アヤ
「……あなたは彼女のことを何も知らないのね」
酒井隼人
「私に手間をかけさせるな」
アヤの笑みが消える。
その時だった。
納屋の入口。
一人の少女が立っている。
縄で縛られている。
口も塞がれていた。
涙を流している。
春菜。
アヤの妹だ。
アヤ
「やめて!お願い!妹には何もしないで!」
酒井隼人
「原慧とは何者だ?」
アヤ
「守護者です!」
涙が頬を伝う。
アヤ
「お願いだから……妹には手を出さないで……」
隼人はしばらくアヤを見つめる。
何も言わない。
感情も見せない。
やがて歩き出す。
椅子の後ろへ回る。
アヤの拘束を解く。
何が起きたのか理解できない。
隼人が立ち上がる。
声はさらに冷たかった。
酒井隼人
「原慧に伝えろ」
短い沈黙。
酒井隼人
「過去を掘り返すな。掘り続ければ...最後には探しているものの隣に埋まることになる」
隼人は納屋を後にする。
足音が遠ざかる。
冷煌も後に続く。
アヤが立ち上がる。
そして妹へ駆け寄る。
アヤ
「春菜!」
抱きしめようとした瞬間。
春菜の姿が揺らぐ。
風に溶けるように。
そのまま消えた。
アヤの腕は空を抱く。
そこで理解する。
騙されたのだ。
アヤは自分の脚を見る。
傷がない。
ナイフの跡もない。
血も流れていない。
アヤが振り向く。
シオは気を失っていた。
遠くでは。
酒井家の車列が夜の闇へ消えていく。




