それぞれの檻
夜。
シェイドは街を見下ろす邸宅の前に立っている。
眼下には無数の灯り。
街全体が夜の中で輝いていた。
その前には巨大な門。
KSの文字が刻まれている。
門がゆっくり開く。
シェイドは無言のまま中へ入る。
すぐに使用人が現れる。
使用人
「斎藤様がお待ちです」
屋敷の中は暖かい。
贅沢な空気が漂っている。
シェイドは使用人の後について歩く。
最寄りのエレベーターへ向かう。
扉が閉まる。
そして。
エレベーターは地下二階へ降りていく。
_
エレベーターの扉が開く。
シェイドの目の前に広がるのは巨大な研究施設だった。
最先端の設備。
無数のモニター。
白衣姿の研究員たちが慌ただしく動き回っている。
だが。
誰一人として顔を上げない。
全員が自分の仕事に没頭していた。
シェイドは数段の階段を下りる。
その先。
部屋の中央。
一人の老人が車椅子に座っている。
ゆっくりと近づいてくる。
斎藤勘十郎。
鋭い目。
年齢を感じさせない視線。
冷たい笑みが口元に浮かぶ。
斎藤勘十郎
「時間通りだな」
短い沈黙。
斎藤勘十郎
「作戦の進捗はどうだ?」
シェイド
「順調です」
斎藤勘十郎
「それで...私の可愛い実験体の確保は?」
シェイド
「進行中です」
勘十郎が小さく息を吐く。
斎藤勘十郎
「契約は単純だ。私が資金を出す。その見返りに……君だ。そして、あの娘。」
シェイドは答えない。
重い沈黙だけが流れる。
斎藤勘十郎
「結構...時間は貴重だ」
研究員たちへ視線を向ける。
斎藤勘十郎
「開始しろ」
研究員たちが一斉に動き出す。
シェイドは部屋の中央へ進む。
上着を脱ぐ。
鍛え上げられた肉体。
無数の傷跡。
積み重ねてきた戦いの痕。
青白い肌が研究室の光を反射する。
研究員たちが近づく。
腕。
胸。
脚。
次々とセンサーが取り付けられる。
シェイドは強化された検査台へ横たわる。
身体は硬く緊張していた。
呼吸の一つ一つが。
耐久力を測るように重い。
モニターが動き始める。
ルーンエネルギー。
心拍。
血圧。
あらゆる数値が記録されていく。
勘十郎は車椅子のまま動かない。
ただ画面を見つめている。
氷のような視線。
斎藤勘十郎
「第二段階。投与を準備しろ」
一人の研究員が近づく。
研究員
「センサー確認のため……顔を見せていただく必要があります」
シェイドは無言で従う。
マスクを外す。
小さな機械音。
研究員たちが血清を調整する。
自動注射装置も再設定される。
斎藤勘十郎
(モニターを見ながら)
「興味深い数値だ...だがまだ足りない。濃度を十七パーセント上げろ」
研究員の一人が頷く。
素早くキーボードを叩く。
注射装置が再調整される。
新しい投与量。
斎藤勘十郎
(小さく)
「本当の可能性はこうして見つけるものだ」
研究員
「投与準備完了しました」
斎藤勘十郎
「開始しろ」
注射システムが作動する。
針がシェイドの皮膚へ刺さる。
次の瞬間。
血清が体内へ流れ込む。
シェイドの身体が震える。
激しい悪寒。
筋肉が収縮する。
指が検査台を強く掴む。
暴れ出そうとする力を抑え込む。
全身の繊維が引き裂かれそうだった。
センサーが唸る。
腕や胸に取り付けられた発光ケーブルが明滅する。
これまでにないルーン反応。
異常な変動。
勘十郎の口元がわずかに歪む。
満足そうな笑み。
斎藤勘十郎
「素晴らしい...その流れを見ろ...すべて記録しろ。反応, 変動も」
研究員たちの指が走る。
必死にデータを保存していく。
シェイドの顔は見えない。
それでも分かる。
シェイドの中で目覚める力は。
痛みも。
制御も。
容易には許さない。
警告音が鳴り響く。
センサーが暴れる。
照明が明滅する。
シェイドの身体が大きく反る。
そして。
叫び声が漏れる。
痛みと。
力に引き裂かれるような。
獣じみた咆哮だった。
***
センはベッドに横たわっている。
昼間の服のまま。
眠っている。
呼吸はゆっくりだ。
規則正しい。
わずかに眉が動く。
苦痛の名残のような小さな皺。
そして――
コン。
コンコン。
センの瞼がわずかに開く。
深い水底から浮かび上がるように。
ゆっくりと意識が戻る。
コンコンコン。
扉の向こうから声が聞こえる。
使用人
「セン様」
短い間。
使用人
「夕食のご用意ができております」
沈黙。
_
ダイニングルームは静まり返っている。
長いダイニングテーブル。
使われている席は一つだけ。
冷煌が食事をしている。
動作はゆっくりだ。
正確で。
無駄がない。
すべてが計算されているように見える。
扉が開く。
センが入ってくる。
その足が止まる。
冷煌を見たからだ。
ほんの一瞬。
だが。
すぐに歩き出す。
センは冷煌からできるだけ離れた椅子に腰を下ろす。
食器の音だけが響く。
静寂は重い。
センは皿へ視線を落とす。
食欲はない。
冷煌は背筋を伸ばしたまま。
スーツにも乱れはない。
完璧な姿勢。
完璧な沈黙。
センの方は見ない。
使用人が近づく。
使用人
「冷煌様、お飲み物を――」
冷煌
「いらない」
使用人はすぐに下がる。
再び沈黙。
センはフォークを手に取る。
無理やり口へ運ぶ。
その時。
冷煌がフォークを置く。
立ち上がる。
部屋を出ていこうとする。
足は止まらない。
だが。
センの後ろを通り過ぎる瞬間。
冷煌
「その席は空いている方がよかった」
冷煌はそのまま部屋を出る。
扉が閉まる。
静寂。
センは何も言わない。
ただ前を見つめている。
何も感じていないように。
***
酒井隼人の執務室。
机の上の書類をデスクライトが照らしている。
酒井ユウト死亡事件。
その捜査報告書だった。
扉が小さく軋む。
人影が現れる。
冷煌だ。
部屋へ入る。
静かに扉を閉めた。
冷煌
「原がレスベスト・メディアのパーティーにいた」
隼人は顔を上げない。
一枚ページをめくる。
冷煌
「一人ではなかった。連れていた女はエミコ・ボタン。偽名だ」
反応はない。
冷煌
「本名は小林アヤ。元レジスターの記者です」
その瞬間。
隼人の動きが止まる。
ほんの一拍だけ。
顎がわずかに強張る。
指先も止まる。
知らない者なら気付かない。
隼人がゆっくり顔を上げる。
酒井隼人
「小林……?」
立ち上がる。
窓の方へ歩く。
両手を背中で組む。
声色は変わらない。
酒井隼人
「どこにいる?」
冷煌
「安全な場所です」
隼人が振り返る。
穏やかな目。
だがその奥には冷たい色がある。
冷煌がどこまでやる人間か。
すでに分かっているような目だった。
酒井隼人
「私が直接話を聞く」
冷煌の目がわずかに暗くなる。
一瞬だけ間が空く。
そして。
冷煌
「承知しました、父上」




