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ボリッ。

酒井隼人

「レスベストのパーティーで使われた入館バッジの記録に..." シェイド "という署名が残っていた」


短い沈黙。


酒井隼人

「心当たりはあるか?」


扉の外。

センが目を見開く。


中村義

「いえ...ですが調べてみます」


酒井隼人

「頼む」


隼人の視線が動く。

扉の隙間に立つセンを見つける。


酒井隼人

「入れ」


センが部屋へ入る。


中村義

「では失礼します」


義が去っていく。

センの横を通り過ぎる。

扉が閉まる。


静寂。


隼人の視線がセンの顔へ向く。

まだ腫れが残っている。

ほんのわずか。


表情が揺れる。

気づける者はいないほどに。


酒井隼人

「帰ってきて嬉しくないのか?」


センは答えない。

墓のような沈黙。

その視線には。

わずかな軽蔑すら滲んでいた。


酒井隼人

「補習を受けるそうだな」


反応はない。

センは動かない。

冷たい目。

他人を見るような目。


酒井隼人

「原慧か...厳しい男らしい」


短い沈黙。


酒井隼人

「だが正直なところ...お前のような人間に、

あの男が何をしてやれるのか私には分からん」


センは黙ったまま。

隼人は見ている。

瞳の動き。

表情の変化。

顔の筋肉。

すべてを。


やがて窓の方へ向き直る。

両手を背中に回す。


酒井隼人

「会ったよ。その原という男に。私には自分の凡庸さに意味を与えるために生徒を救っていると思い込んでいる男に見えた」


センがわずかに顔を上げる。

静かだった。

だが。

その声は鋭い。


セン

「違います。先生は立派な人です。自分が何をしているのかもなぜそうするのかもちゃんと分かっています」


隼人が振り返る。

驚き。

そして興味。

原の名前を出した瞬間。

確かな反応があった。


センは数秒だけ父を見つめる。

挑むような視線。


そして背を向ける。

そのまま部屋を出ていく。


沈黙が残る。

重く。

息苦しいほどの沈黙だけが。


_



センは屋敷の廊下を歩く。


足取りは速い。

足音が床板に響く。

まるで感情そのものが反響しているかのように。


自室の扉を開く。

そして勢いよく閉める。


そのまま部屋を横切る。

窓の前で足を止める。


森の向こう。

太陽がゆっくりと沈んでいく。

センは空を見つめる。

こめかみに残る怒りを押し込めるように。


やがて。

視線が移る。

かつて小屋が建っていた場所へ。

ユウトと過ごした場所。

木を削り。

語り合い。

夢を見た場所。


もうない。

炎がすべてを飲み込んだ。

残っているのは瓦礫だけ。

黒く焼け焦げた残骸。

痛みだけを思い出させる。


センは唾を飲み込む。

胸が締めつけられる。


その時。

一台の黒い車が目に入る。

中村義が屋敷から出てくる。

そのまま車へ乗り込む。


センは目を細める。


あの男は何者なんだ?

父さんとシェイドは何か関係があるのか?


***


秘密の部屋。

薄暗い照明だけが空間を照らしている。


原が部屋を歩き回る。

スマホを耳に当てたまま。

発信音。

プーッ。

プーッ。

プーッ。


原慧

「出ろよ、アヤ……」


応答はない。

原が通話を切る。


深いため息。

片手で顔をこする。


その横では。

日野がガスマスクを組み立てていた。

フィルターを取り付ける。

一本ずつ。

異様なほど丁寧に。


開かれた箱がいくつも並んでいる。

中にはガスマスク。

整然と並ぶ姿は。

まるで無言の軍隊だった。


日野先生

「心配しすぎだ...どうせハタ シオと一緒だろ」


原は答えない。


少し離れた場所。

信夫と黒沢が中央端末の前にいる。

二人ともモニターへ身を乗り出していた。


画面には校内ネットワークのマップ。

セキュリティ層。

データ通信。

流れ続けるシステムログ。


ミナが信夫の肩越しに覗き込む。


バリッ。


耳元で袋が開く。

信夫の眉がわずかに動く。


ミナがポテトチップスを取り出す。


ボリ。

ボリ。


信夫がゆっくり息を吐く。

そして画面を指差した。


信夫

(黒沢に)

「見ろ。火災警報はメインパネルから作動していない」


ログをスクロールする。


ボリ。

ボリ。


ミナは二枚目のチップスを口に放り込む。


信夫

「シェイドは温度センサーのサブネットを使ってゴーストコマンドを送り込んだ」


黒沢が眉をひそめる。


黒沢

「そのサブネットは読み取り専用だ...警報システムとは繋がっていない」


信夫

「だからだ」


ボリ。

ボリ。


ミナがさらに身を乗り出す。


信夫

「日野。それ別の場所でやってくれないか?」


ボリッ。


ミナ

「食べてる方が頭が回るの」


信夫がため息をつく。

画面を拡大する。


信夫

「使われていない保守ルーチンがあった。一時的な接続経路だ。削除されないまま残っていた」


短い沈黙。


信夫

「つまりドアを壊したんじゃない。閉め忘れていた窓から入った」


黒沢が顎に力を入れる。


黒沢

「侵入後も何も壊していない...適切な温度変化が来るまで待った。そしてシステム自身に警報を鳴らさせた」


短い沈黙。


黒沢

「綺麗すぎる....綺麗すぎる仕事だ」


ミナが袋の底を潰す。


ミナ

「つまり……事故だと思わせたかったってこと?」


信夫が頷く。

表情は重い。


信夫

「しかも...一度できたなら」


ボリッ。


黒沢

「またできる...」


黒沢がゆっくり立ち上がる。


黒沢

「なら塞ぐしかない。誰も覚えていない窓も含めて全部だ」


原が近づいてくる。

すでに決断は終わっていた。


原慧

「アヤの部屋へ行く...念のため確認してくる」


ミナが顔を上げる。

目が輝く。


ミナ

「私も行っていいですか?」


原慧

「駄目だ」


***


原は車の後部座席に座っている。


窓の向こう。

夜がすでに景色を飲み込んでいた。

街灯だけが流れていく。


車内は静かだった。

静かすぎるほどに。




ボリッ。




原がゆっくり目を閉じる。


そして横を見る。


隣にはミナ。


シートに深くもたれかかり。

ポテトチップスの袋に夢中になっている。


原慧

「もういいだろ」


ミナがぴたりと動きを止める。


頬は膨らんでいる。

ミナはゆっくりと袋を膝の上へ置く。


あまりにもゆっくり。


少しでも動けば見つかると思っているようだった。


沈黙。


そして。


ボリッ。


口の中のチップスを慎重に噛み始める。


動きが止まる。


また少し噛む。


ボリッ。


原はため息をつく。

ミナの方は見ない。

車は夜の中を走り続ける。

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