痛みを受け入れろ
翌朝。
センは校舎の廊下で一人立っている。
待っている。
生徒たちが次々と通り過ぎていく。
まだ眠そうな顔。
笑い声。
急ぐ足音。
センは動かない。
フードを深く被る。
視線を落とす。
誰とも目を合わせないように。
やがて。
人の流れが途切れていく。
周囲から人影が消える。
センはようやく歩き出した。
原の執務室へ向かう。
扉の前で立ち止まる。
軽くノックする。
返事はない。
センは深く息を吸う。
そして扉を開けた。
原は窓の前に立っている。
微動だにしない。
原慧
「入れと言った覚えはないが」
沈黙。
センが唾を飲み込む。
セン
「先生が何を考えてるか分かってます」
拳を握る。
セン
「でも俺は出て行きません。俺は――」
原が遮る。
原慧
「いいだろう」
センが固まる。
原が振り返る。
原慧
「ただし条件が二つある」
センは黙って聞く。
原慧
「それでもしばらく学校は休んでもらう」
センの表情が曇る。
だが。
原は続ける。
原慧
「だが別の方法もある」
原慧
「孤独な道だ」
原慧
「一人で進むことになる」
短い沈黙。
原慧
「今よりずっと危険だ...
だが上手くいけばお前に何が起きているのか、
俺たちにも少しは分かるかもしれない」
センが頷く。
セン
「もう一つは?」
原慧
「しばらくの間ミナとは距離を置け...
状況がはっきりするまでだ」
センは顔をしかめる。
気に入らない。
だが。
選択肢はない。
数秒の沈黙。
セン
「分かりました」
原慧
「よし」
原が壁へ向かう。
隠し扉を開く。
地下へ続く通路が姿を現す。
原慧
「来い。これからのことを説明する」
セン
「でも……」
戸惑う。
セン
「授業は?」
原が目を瞬かせる。
そして。
思わず笑った。
原慧
「まさか...酒井が模範生になるとはな」
センも少しだけ笑う。
その言葉が妙に可笑しかった。
だが。
すぐに表情を引き締める。
決意を宿した目で。
センは原の後を追った。
***
地下訓練場。
センの顔は腫れ上がっている。
センが原へ突っ込む。
勢いはある。
だが。
原は半歩だけ横へ動く。
あっさりと躱す。
そして。
鋭い一撃がセンの腹へ入る。
センが崩れ落ちる。
息ができない。
腕が震える。
脚も言うことを聞かない。
セン
「こんなの……」
掠れた声。
セン
「何の意味があるんですか……」
血を吐く。
そして。
ふらつきながら立ち上がる。
原がゆっくり近づく。
原慧
「お前は頭のない鶏みたいに動き回っている」
冷静な声。
原慧
「これからお前が学ぶのは力任せの戦い方じゃない。 残響術だ」
短い沈黙。
原慧
「その第一歩が吸収だ」
セン
「吸収……?」
原が一メートルほどの距離で立ち止まる。
そして。
センの胸を打つ。
センが一歩下がる。
原慧
「駄目だ...無駄にしている」
再び打つ。
今度は軽い。
だが。
センの身体が強張る。
原慧
「それも駄目だ...息を止めている。抵抗している」
原が一歩下がる。
センを見据える。
原慧
「圧力に逆らうな。吸収しろ」
短い沈黙。
原慧
「静かな水面を想像しろ。石が落ちても。水は怒らない...乱れはしても受け入れる」
センは黙って聞いている。
原慧
「お前の強さはどう殴るかじゃない。どれだけ耐えられるかだ」
原が再び構える。
原慧
「衝撃を身体の中へ通せ。呼吸が鍵だ。吸え。吐け。何も止めるな...お前は壁になるな面になれ」
センが拳を握る。
口元の血を拭った。
_
数分後。
センが目を開ける。
床に倒れていた。
頭がぼんやりする。
ユウト
「セン」
優しい声。
ユウト
「立て」
視界が滲む。
目の前にユウトが立っている。
ぼんやりとした輪郭。
懐かしい笑顔。
その瞬間。
センの身体から衝撃が広がる。
目に見えない力。
空気が震える。
原が思わず目を細める。
センがはっと息を吸う。
意識が現実へ引き戻される。
呼吸は荒い。
胸が激しく上下している。
原はセンを見つめる。
困惑していた。
まただ。
説明のつかない現象。
だが。
一つだけ分かる。
センの中には。
計り知れない力が眠っている。
原慧
「今日はここまでだ」
短い沈黙。
原慧
「座れ」
原が椅子まで連れて行く。
その後。
救急箱を持ってくる。
センの顔の傷を消毒し始めた。
原慧
「少しずつ分かってきたみたいだな」
センが小さく笑う。
原が顔を上げる。
原慧
「何だ?」
セン
「田辺さんも俺たちを殴った後、
よく同じことを言ってました」
原慧
「俺たち?」
セン
「俺とユウトです」
原慧
「もう一人の兄は?」
セン
「冷煌ですか?」
鼻で笑う。
セン
「田辺さんは酒井家で唯一の本物には
手を出しませんから」
原の手が止まる。
短い沈黙。
原慧
「ユウトのことは……
残念だった」
静かな声。
原慧
「妹を失った時...俺は人生で一番苦しんだ」
原は再び傷の手当てを始める。
セン
「先生の妹は……」
少し迷う。
セン
「どうやって亡くなったんですか?」
原の動きが止まる。
沈黙。
原慧
「殺された」
センが顔を上げる。
セン
「犯人は見つかったんですか?」
原の顎に力が入る。
原慧
「見つけた」
セン
「なら...ちゃんと報いを受けさせたんですよね?」
原が小さく咳払いをする。
感情を押し込めるように。
原慧
「いや...まだ何もしていない」
センが眉をひそめる。
セン
「え?どうしてですか?」
原は答えない。
しばらく黙ったまま。
センの灰色の瞳を見つめる。
壊されてしまった子供の目。
幼いのに。
どこか大人びている。
セン
「痛っ!」
思わず顔をしかめる。
原が縫い針を少し深く刺したのだ。
わざとだった。
それ以上。
余計なことを聞かせないために。
原慧
「忘れるな」
原は傷を縫いながら言う。
原慧
「痛みから逃げるな受け入れるんだ」
センが小さく笑う。




