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盤上の変化

レスベスト・メディア編集部。

夜。


アヤはまだ自分の席に残っている。

編集部にはもうほとんど人がいない。


アヤはUSBメモリをパソコンへ差し込む。


そして。

音声ファイルを一つ移す。

転送が始まる。


アヤは画面を見つめる。

じっと。


シオ

「エミコ」


アヤが肩を震わせる。

振り返る。

シオが立っていた。


シオ

「あ……ごめん」


少し困ったように笑う。


シオ

「驚かせるつもりじゃなかった」


アヤ

「いえ……」


小さく首を振る。


アヤ

「ちょっと集中してただけです」


シオ

「よかったらさ」


少し間を置く。


シオ

「どこか食べに行かない?」


アヤが固まる。

画面を見る。

転送はまだ終わっていない。


アヤ

「えっと……」


言葉を探す。

その時。

画面に表示が出る。

転送完了。


任務完了だ。


アヤの表情が少しだけ明るくなる。


アヤ

「いいですよ!」


立ち上がる。


アヤ

「いつものお店ですか?」


シオが笑う。


シオ

「いや。今日は別の場所にしようと思ってる」


アヤはパソコンの電源を落とす。

立ち上がる。

コートを手に取る。

そして。

シオの後についていった。


***


鏡の木の前。

風が吹く。


吊るされた鏡の欠片たちが静かに音を立てる。

月明かりが反射する。

現実とは思えない光が揺れていた。


原慧は鏡を見つめている。

答えを探すように。

あるいは――

出口を。


その時。

足音が聞こえる。

駆け足だ。

信夫がやって来る。

少し息を切らしながら。


信夫

「いたか」


呼吸を整える。


信夫

「セン大丈夫?」


原慧

「大丈夫」


短い沈黙。


原慧

「……たぶんな」


信夫が眉をひそめる。

その声の違和感を聞き逃さない。


信夫

「"たぶん"?」

原は鏡から目を離さない。


原慧

「センに言った...学校を辞めた方がいいかもしれないと」


信夫が固まる。

信じられなかった。

その言葉が原の口から出ることが。


信夫

「どうしてそんなことを言った?」


一歩近づく。


信夫

「センは俺たちの唯一の希望だ...タミの仇を討つための」


原が振り返る。


原慧

「分かってる」


沈黙。


原慧

「俺はずっと...」


拳を握る。


原慧

「ルールを理解しているつもりだった。状況を掌握しているつもりだった」


苦い声。


原慧

「だがセン...俺たちの知る常識をことごとく覆していく」

(間)

もはやただの駒じゃない。

武器。

危険すぎる武器」


信夫

「武器……

それとももう一つの異常か?」


原の目が細くなる。

何を言いたいのか分かる。

だからこそ。

その話題は気に入らない。


原慧

「それとは違う」


信夫

「そうか?」


短い沈黙。


信夫

「昔守護者たちに逆らったのはお前とタミだけだった」


原慧

「あれは間違いだった」


信夫

「間違い?」


信夫が眉をひそめる。


信夫

「二人は正しいことのために戦ったんだ」


原慧

「その結果がこれだ!今の俺を見ろ!」


沈黙。

信夫は何も言わない。

友人の怒りを理解しているからだ。


信夫

「タミは全部分かっていた。危険も」

(間)

それでもタミは....きっと同じ道を選ぶ」


沈黙。


原慧

「分かってる」


小さく息を吐く。


原慧

「……分かってる」


二人の間に沈黙が落ちる。

重い沈黙。


信夫

「だったら正直になれ」


原が顔を上げる。


信夫

「お前は理解できないことを恐れてるんじゃない」


真っ直ぐ見つめる。


信夫

「また失うのが怖いんだ。

(間)

大切な人を守れないのが怖い」


さらに一歩。


信夫

「センを救えないのが怖いんだ」


原が口を開く。

だが。

信夫は止まらない。


信夫

「戦略だの...

慎重さだの...

好きなだけ言えばいい」


信夫

「でもな」


原を見る。


信夫

「お前はもう、

あいつに情が移った」


短い沈黙。


信夫

「それがお前だ...昔から変わらない。

お前はいつだって...異常を救おうとする」


重い沈黙。


信夫

「本気で守りたいなら遠ざけることが答えじゃない」


それだけ言う。

そして去っていく。


鏡の欠片が静かに鳴る。

月明かりの中。

砕けた無数の鏡が。

原の歪んだ姿を映していた。


***


納屋。

天井の電球がジジッと音を立てる。

薄汚れた光が揺れている。


アヤは椅子に縛り付けられている。

口には猿轡。

両手首は肘掛けに固定されている。

乱れた黒髪が額に張り付く。

こめかみには乾いた血の跡。

空気は湿っている。

冷たい鉄の匂い。


数メートル先。

シオが床に倒れている。

意識はない。

両手は背中で縛られている。


金属が軋む音。

納屋の引き戸がゆっくり開く。

冷たい風が吹き込む。

人影が現れる。

ゆっくりと歩いてくる。


アヤの前で立ち止まる。

アヤが顔を上げる。

恐怖を抱えながらも。

その瞳はまだ挑戦的だった。


冷煌酒井

「小林アヤ……」


冷煌が猿轡を外す。

アヤが大きく息を吸う。


アヤ

「……あんた、誰?」


冷煌酒井

「おや」


わずかに笑う。


冷煌酒井

「もう知っていると思っていたが」


アヤが薄く笑う。


アヤ

「酒井家の足を引きずる番犬?」


冷煌が笑う。


冷煌酒井

「傷を負った犬ほどよく噛む」


沈黙。

その時。

後ろでシオが身じろぎする。

ゆっくりと意識を取り戻す。


シオ

「エミコ……?」


冷煌がわずかに首を傾ける。

次の瞬間。

シオの身体が大きく反る。

全身の筋肉が痙攣する。

まるで見えない炎が胸を焼いているかのように。


シオ

「ああああっ――!」


アヤの目が見開かれる。


アヤ

「シオ!!」


冷煌を見る。

恐怖が走る。


アヤ

「やめて!!」


シオが床でもがく。

誰も触れていない。

それでも苦しみ続ける。

アヤが暴れる。

縄が軋む。


アヤ

「やめて!!」


冷煌がシオから視線を外す。


その瞬間。

苦痛が消える。


シオは荒い呼吸を繰り返す。

冷煌がゆっくり身を屈める。

アヤの目を覗き込む。


冷煌酒井

「さて、アヤ」


短い沈黙。


冷煌酒井

「教えてくれ」


鋭い視線。


冷煌酒井

「原慧とは何者だ?」

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