監視者
アヤも一瞬だけ動けない。
アヤ
「その……」
少しだけ不自然に優しい声。
アヤ
「コーヒーをお持ちしました」
編集幹部の一人が顔をしかめる。
編集幹部
「頼んでないぞ」
別の幹部がため息をつく。
陳様
「ここは機密会議だ」
空気が重くなる。
アヤの手に汗が滲む。
アヤは小さく頭を下げた。
アヤ
「申し訳ありません……
皆さん、お疲れかと思って……」
シオ
「私が頼みました」
全員がシオを見る。
シオ
「必要になると思ったので」
沈黙。
陳様
「分かった」
短く答える。
陳様
「置いて出なさい」
アヤが素早く頷く。
ようやく息を吐く。
テーブルの周りを歩く。
一人に渡す。
また一人に渡す。
その間にも会議は続いていた。
政治関係者
「こちらの人脈は動いています」
政治関係者
「今回の件は思想的なテロだと発信します」
アヤがコーヒーを配る。
耳だけは会議へ向いている。
編集幹部
「我々が狙われたのは過激派を批判してきたからだと強調しましょう」
綾が陳様の後ろを通る。
法務担当
「競合が政治との関係を掘り始めたら?」
陳様が冷たく微笑む。
陳様
「なら逆を言えばいい」
沈黙。
陳様
「我々が誰にも支配されていないからこ黙らせようとしているのだと」
アヤは黙ったまま動く。
もう誰も彼女を見ていない。
陳様
「大衆は真実を求めているわけではない。
分かりやすい物語を求めている」
全員が聞いている。
陳様
「そして今日の物語はこれだ。
レスベスト・メディアが攻撃されたのは我々が正しい側にいるからだ」
アヤがシオの前にコーヒーを置く。
一瞬だけ視線が交わる。
編集幹部
「競合は死肉を漁るハゲタカに見えるでしょう」
編集幹部
「我々は被害者です」
陳様がゆっくり頷く。
陳様
「被害者は信頼を生む」
アヤが一歩下がる。
そして。
誰にも気付かれないまま。
静かに会議室を後にした。
***
監視室。
室内は青白い薄闇に包まれている。
壁一面のモニター。
レスベスト・メディアのパーティーへ訪れる来場者たちの映像が、何度も繰り返し流れている。
冷煌酒井は腕を組んだまま立っている。
微動だにしない。
その隣では。
警視総監の森田健司が同じ映像を見つめていた。
静かに。
注意深く。
一台の車が映る。
会場入口の前で停車する。
そこから降りてきたのは原慧。
背筋は真っ直ぐ。
その腕には一人の女性。
アヤ。
冷煌の目がわずかに細まる。
冷煌酒井
「止めろ」
映像が停止する。
冷煌酒井
「原慧か……」
沈黙。
冷煌酒井
「隣の女は誰だ」
一人の補佐官が前へ出る。
タブレットを確認する。
補佐官
「ええと……
牡丹エミコです。
レスベスト・メディア所属。
数か月前に陳様が採用しています」
冷煌は何も言わない。
視線は画面に釘付けのままだ。
納得している様子はない。
森田が技術員へ目配せする。
森田健司
「顔認証をかけろ。
全データベースと照合しろ」
技術員
「はい」
数秒。
静寂。
別のモニターにデータが流れ始める。
文字列。
写真。
記録。
そして――
技術員が顔を上げた。
技術員
「一致しました」
森田が結果を確認する。
表情は変わらない。
森田健司
「小林アヤ。
元『レジスタ』の記者です」
さらに画面を追う。
森田健司
「その後は消息不明になっています」
部屋に沈黙が落ちる。
モニターだけが光り続ける。
冷煌は再び映像を見る。
原慧。
そしてその腕を取る綾。
しばらく見つめる。
やがて。
口元がわずかに歪んだ。
冷煌酒井
「面白い……」
静かな声。
だが。
その目だけは笑っていなかった。
盤面が動く。
ゲームは――
次の段階へ進み始めていた。




