居場所
センが飛び起きる。
荒い呼吸。
汗が額を伝う。
首筋も。
こめかみも。
静かな声が響く。
原慧
「酒井」
センが顔を上げる。
原慧
「落ち着け。
ここは安全だ」
原はベッドの傍に座っていた。
身動きひとつせず。
ただそこにいる。
それだけで妙な安心感があった。
センは反射的に自分の腕を見る。
ルーンが焼き付けた痕。
まだ消えていない。
セン
「な……
何が……」
原慧
「シェイドの襲撃は覚えているか?」
センが頷く。
原慧
「今見ていた夢を話せ」
短い沈黙。
原慧
「どんな夢だった?」
センがゆっくり息を吸う。
視線が遠くなる。
手が震えていた。
セン
「ただの悪夢です」
原慧
「そうとは限らない」
センが顔を上げる。
原の表情は真剣だった。
原慧
「何を見た」
セン
「男の人です」
原慧
「知っている人物か?」
沈黙。
センが迷う。
セン
「ユウト。
(間。)
俺の兄です」
言った瞬間。
表情が閉ざされる。
まるで口にしてはいけない名前だったかのように。
原はわずかに目を伏せる。
原慧
「鏡の木の前で倒れた時。
お前が見たのも、
その兄だったのか?」
センは答えない。
原慧
「酒井」
低い声。
原慧
「大事なことだ」
センが頷く。
そして。
原の予想もしなかった言葉を口にした。
セン
「子供も見ました。
炎に囲まれていました。
それに……
大きな鏡が砕けるのも」
間。
セン
「悲鳴も聞こえました」
重い沈黙。
原慧
「昨夜は?」
センが唾を飲み込む。
記憶を探る。
セン
「分かりません」
首を振る。
セン
「魂だけがどこかへ行ったみたいで」
間。
セン
「何も覚えてないんです」
原慧
「そうか……」
原がゆっくり立ち上がる。
原慧
「今は休め」
部屋を出ようとする。
センの視線が追う。
不安が浮かんでいた。
セン
「どうしてそんなことを聞くんですか?」
原が立ち止まる。
背を向けたまま。
小さく息を吐く。
原慧
「前の学校で。
生徒を殴った時。
その時も幻覚を見たのか?」
センが頷く。
沈黙。
原慧
「酒井」
言葉を探す。
原慧
「しばらく学校には来ない方がいいかもしれない」
セン
「は?」
顔を上げる。
セン
「何?なんで?俺が頭おかしいとでも?」
原慧
「そんなことは言っていない」
セン
「じゃあ何でですか?」
声が強くなる。
セン
「何で俺を追い出そうとするんですか?」
原が近づく。
原慧
「酒井」
静かな声。
原慧
「誰も一人でルーンを発動できない」
一歩。
原慧
「誰も一晩で第二階位に到達できない」
さらに一歩。
原慧
「誰もヴァレンの鏡から声を聞いたりしない」
センが眉をひそめる。
セン
「何が言いたいんですか」
原慧
「お前は
今まで不可能だと思われていたことを次々と起こしている」
センは黙る。
原慧
「このままルーンを使い続ければ、
何が起こるのか分からない」
間。
原慧
「もしお前がここに残れば」
原の声が重くなる。
原慧
「ミナも
俺が守ってきたもの全てが危険に晒される」
沈黙。
セン
「つまり」
拳を握る。
セン
「危険なのは俺だって言いたいんですか」
間。
セン
「俺が怖いんですか」
原を見る。
セン
「はっきり言ってくださいよ」
原が拳を握る。
原慧
「そういう話じゃない」
セン
「じゃあ何なんですか!」
声が震える。
セン
「俺だって好きでこうなったわけじゃない!」
呼吸が乱れる。
セン
「何なんですか」
原を睨む。
セン
「恥ですか!?
気味が悪いんですか!?」
原慧
「違う」
静かな声。
原慧
「同情だ」
センが固まる。
原慧
「同情だよ、酒井。
お前へのな」
沈黙。
原慧
「この力は...
幸せな人間を選ばない...」
静寂。
怒りが消えていく。
センは原を見つめる。
セン
「原先生……」
弱々しい声。
セン
「俺は家族が大嫌いです……
でも...
この学校だけは違う」
震える声。
セン
「ここだけが……俺を受け入れてくれたんです」
目を閉じる。
セン
「お願いします」
沈黙。
セン
「俺には……もう行く場所がないんです」
その言葉に。
原は動きを止める。
胸が締め付けられる。
長い沈黙。
やがて。
深く息を吸う。
原慧
「今は休め」
それだけを残し。
原は部屋を後にした。




