受け継がれるもの
翌日――
教室。
生徒たちは岩崎先生の話を半分ほどしか聞いていない。
岩崎先生
「学園祭の準備についてですが、帰る前に名簿へ記入してください――」
ミナは窓の外を見つめている。
どこか上の空で。
流れていく雲をただ眺めていた。
周囲では。
昨夜の騒ぎについての囁き声が聞こえる。
その時。
チャイムが鳴る。
授業を強引に打ち切るように。
教室が一気に騒がしくなる。
生徒たちが席を立つ。
そんな中。
ヒラキがミナの前で立ち止まる。
どこか落ち着かない様子だ。
言葉を探しているようにも見える。
ヒラキ
「日野……
大丈夫?」
ミナ
「うん」
短い沈黙。
ヒラキ
「その……
話があるんだけど」
ミナは目を瞬かせる。
いつになく真面目な様子に驚く。
ミナ
「えっと……
うん」
ヒラキはほっとしたように頷く。
ヒラキ
「後で。
(少し間を置く。)
公園で。
五時半くらい」
返事も待たずに歩き去っていく。
ミナはその背中を見送る。
不思議そうに。
その時。
背後から声がする。
原慧
「日野」
ミナが振り返る。
教室の入口。
そこに原が立っている。
周囲の女子生徒たちが会話を止める。
妙な静けさが広がる。
原慧
「私の部屋へ来い」
そう言い残し。
原は立ち去る。
教室にざわめきが広がる。
女子生徒たち
「いいなぁ……」
ミナは気まずそうに目を逸らす。
そして鞄を手に取る。
原の後を追うために。
***
ミナが原の部屋へ入る。
扉を閉める。
ミナ
「前から言ってますよね」
原慧
「何の話だ?」
ミナ
「他の生徒の前で私に話しかけるの、
やめてください」
短い沈黙。
原慧
「最初から全部話せ」
ミナ
「えっ……またですか?」
ため息をつく。
ミナ
「もう話しましたよ...」
原慧
「アイギスは緊急時に単独発動することがある。
だが他のルーンは違う。
ましてや第二段階となればなおさらだ」
ミナは黙る。
原慧
「段階を上げるのがどれほど難しいか、お前も知っているはずだ」
ミナ
「はい……」
ミナと原
「並外れた意志が必要です」
原が小さく息を吐く。
原慧
「なあ……」
少し言いづらそうにする。
原慧
「しばらくの間、酒井とは距離を置いた方がいいかもしれない」
ミナ
「は?」
眉をひそめる。
ミナ
「どういう意味ですか?」
原慧
「今はまだ、あいつを信用できない」
ミナ
「何言ってるんですか!?」
一歩前へ出る。
ミナ
「第二階位です!
それだけで意志の純粋さは証明されてるじゃないですか!」
原慧
「分からないことが多すぎる」
即答だった。
原慧
「状況を把握できるまでは、
余計な危険は避ける」
ミナ
「状況って何ですか?」
原がミナへ歩み寄る。
原慧
「ミナ」
その声は低い。
原慧
「綾柳は俺たちの組織を壊滅させた」
短い沈黙。
原慧
「今になって姿を晒すのは危険すぎる」
ミナは何も言わない。
原慧
「昨夜みたいなことは、
二度と起こさせない」
原の表情がわずかに曇る。
原慧
「お前の母親に約束したんだ」
静かな声。
原慧
「必ず守ると」
ミナは俯く。
何も言わない。
だが。
昨日の光景が頭から離れない。
シェイド。
白く染まったセンの瞳。
そして。
自分が感じた力。
第二位階。
胸の奥がざわつく。
ミナ
「……おじさん」
原が顔を上げる。
ミナ
「私、昨日死ぬかもしれないって思いました」
静かな声。
だが迷いはない。
ミナ
「でも……怖くなかったんです」
短い沈黙。
ミナ
「ずっと前から覚悟していました。
組織が壊滅した日から」
さらに小さな声になる。
ミナ
「お母さんの亡骸を見た日から」
沈黙。
ミナ
「自分がいつかどうなるのか、
分かっています」
ミナはゆっくり顔を上げる。
ミナ
「それなのに……
私たちはまだ隠れ続けている。
何のために?
(間。)
生き残るために?」
長い沈黙。
ミナ
「……そうなんですよね。
でも、それなら……」
拳を握る。
ミナ
「お母さんも……
その前の人たちも」
視線は揺れない。
ミナ
「その人たちが守ろうとしたものは、
いつか全部消えてしまう」
沈黙。
ミナ
「無駄だったことになってしまいます」
原は何も言わない。
ミナを見つめる。
その言葉が予想以上に重かった。




