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最も危険な幻

センがわずかに笑う。

そして――

消えた。


ドォン!!


足元の地面が砕け散る。

シェイドは即座に刀を構える。


キィン!!


最初の一撃を受け止める。

だが。

二撃目が来る。

三撃目。

四撃目。

シェイドが後退する。

一歩。

そしてもう一歩。


センの両腕にはルーンが輝いていた。

マグナは肩まで広がっている。

アギスは手首を囲むように脈動していた。

動くたびに。

光の軌跡が残る。


ストレート。

シェイドが受ける。

衝撃が刀を震わせる。

続けてフック。

シェイドは躱す。

拳は空を切る。

そのまま背後の木へ直撃した。


バキィッ!!


幹が粉砕される。

木片が空き地を横切った。

シェイドが反撃する。

黒い刀が弧を描く。

斬撃が森を裂く。


センは身を沈める。

身体を捻る。

そして再び消えた。

速い。

あまりにも速い。

シェイドですら追い切れない。


ミナは動けずにいた。

数メートル先。


センがシェイドの背後へ現れる。


ドォン!!


拳がシェイドの胸を捉える。

シェイドの身体が吹き飛ぶ。

数メートル滑る。

葉が舞い上がった。

だが。

体勢を立て直す。


静寂。


数秒だけ。

シェイド。

セン。

ミナ。

誰も動かない。


そして――

ミナが笑った。

理解したのだ。

口元の血を拭う。

そして駆け出す。

シェイドが振り向く。

遅い。


ドォン!!


アギスが刀へ炸裂する。

シェイドの体勢が崩れる。

その隙へ。

センが飛び込む。

ストレート。

続けてアッパー。

攻撃が止まらない。

休む間もなく。

次々と叩き込まれる。


初めてだった。

シェイドが攻撃ではなく、防御を強いられたのは。

やがて三人は距離を取る。

互いの呼吸だけが。

静まり返った空き地に響いていた。


センが目を細める。

何かがおかしい。


シェイドの鬼のような仮面。

その下から。

血が一滴、零れ落ちた。

センの視線が止まる。


血。

落ちる。

地面へ。


その瞬間――

激痛。

頭蓋の奥を何かが貫く。

センの身体が揺れる。

そして崩れ落ちた。


ミナ

「セン!?」


センは頭を抱える。

次の瞬間。

絶叫。

森全体に響き渡るほどの悲鳴だった。


そして――


センの目が白くなる。

完全な白だった。


次の瞬間。

無数の光景が脳裏に流れ込む。



――男。

担架に拘束されている。

腕には注射針。

透明な液体が体内へ流し込まれる。

瞳孔が開く。

苦痛の叫び。


――窓が割れる。


――女。

落ちている。

どこまでも。

どこまでも下へ。

伸ばされた手。

彼女を掴もうとする。

だが、届かない。


__


ミナがセンのそばへ駆け寄る。

そして膝をついた。


ミナ

「セン!

しっかりして!」


シェイドは黙ってそれを見ていた。

やがて。

静かな声が響く。


シェイド

「この世界は幻に満ちている、セン……」


短い沈黙。


シェイド

「だが最も危険な幻は....自分が正しい側にいると信じることだ」


その時。

遠くから声が聞こえる。


黒沢

「こっちだ!」


ミナが顔を上げる。


ミナ

「助けて!!」


そして再び前を見る。

その瞬間。

身体が固まった。

シェイドがいない。

まるで――

最初から存在しなかったかのように。


***


学園の陸上競技場――


生徒たちは警備員たちの監視の下、少しずつ校舎へ戻り始めていた。


その時。

一人の警備員が信夫のもとへ駆け寄る。


警備員

「信夫さん!」


息を切らしながら報告する。


警備員

「市街地で爆発が発生しました。

レスベストメディアのビルの一つです。

被害もかなり出ています」


信夫

「……いつだ?」


警備員

「この学校で警報が鳴ったのと、ほぼ同じ頃です」


信夫と日野先生の視線が交わる。

二人とも何も言わない。

だが。

何かが繋がった。

偶然では片付けられない何か。

あまりにも出来すぎている。

あまりにも大きすぎる。


***


崩壊した瓦礫からは、まだ煙が立ち上っていた。

赤と青の回転灯が夜を切り裂く。

激しい光が、抉られた建物の外壁を照らし出していた。


警察。

消防。

救急隊。


誰もが休むことなく動き回っている。

担架が人混みの間を行き交う。

さらにその先では。

報道陣が規制線の向こうに押し寄せていた。

カメラを構え。

興奮した声を飛ばしながら。

混乱の中心。


そこに酒井隼人が立っていた。

真っ直ぐに。

微動だにせず。

周囲の喧騒から切り離された存在のように。

濃い色のコートには埃一つない。

険しい顔にも感情は浮かばない。


隼人は崩壊したビルを見つめていた。

亀裂。

崩れ落ちた階層。

爆発が残した黒い焼け跡。

その全てを静かに追っていく。

煙が目の前を横切る。

隼人は瞬きすらしない。


一人の警察官が近づいてくる。

どこか緊張した様子で。


警察官

「酒井様。

現場の安全は確保されています」


酒井隼人

「周辺一帯の監視カメラ映像を全て回収しろ」


警察官が目を見開く。

隼人はわずかに顔を向けた。


酒井隼人

「民間。公共。店舗。住宅。信号機。全部だ。

一秒たりとも見逃すな」


警察官は慌てて頷く。

そして足早に立ち去った。

隼人はもうその背中を見ていない。

少し後ろに立っていた中村義へ視線を向ける。

皺の寄ったスーツ。

隠しきれない緊張。

総務大臣の右腕。


隼人は歩み寄る。

それだけで空気が変わる。


酒井隼人

(冷静に)

「総理との面会を手配しろ」


義が口を開く。

だが言葉を選んでいる。


中村義

「酒井様……

この時間にそのような話は――」


隼人が足を止める。

そして見据える。


酒井隼人

「トラマが動いた」


その名が落ちる。

宣告のように。

義の表情が硬くなる。


酒井隼人

「使えるものは全て使え。

表も裏も関係ない」


一歩近づく。

声はむしろ静かになった。


酒井隼人

「見つけ出せ」


義はゆっくり頷く。

質問はしない。

できなかった。

隼人は背を向ける。


サイレン。

怒号。

悲鳴。

全てを置き去りにして。

煙の向こうへ歩いていく。

点滅する光の中へ。

一人の記者が声を張り上げる。

だが隼人は振り返らない。

カメラだけが最後に映す。

破壊されたビルを。


***


近くの高層ビルの屋上――


闇の中に、一つの人影が立っている。

微動だにせず。

影に溶け込むように。

冷たい風が吹き抜ける。


シェイドは眼下を見下ろしている。

赤と青の回転灯。

絶え間なく瞬くカメラのフラッシュ。

騒然とする現場。


その中心に立つ男。

酒井隼人。

静かに。

揺るがず。

獲物を待つ捕食者のように。

シェイドはその姿を見つめている。


そして――

重苦しい静寂の中。

冷たい声が夜を切り裂く。


シェイド

「酒井隼人……」


短い沈黙。


シェイド

「終わりを紡いでやる」

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